Wish upon a Star * 2話案(別の話)

 負け犬の人生、とシキ=Nマクニールはよくサイラスを侮る。
 ソールズベリ子爵家をよく知りもしない親戚に奪われて、屈辱を味わったのに取り返そうともしないで学問を修めている。騎士道を旨とするシキにすれば正義に悖るのだろうが、サイラスは生憎爵位に興味がないのだから、今更、子爵家を取り戻したところで研究の邪魔になるだけだ。
 騎士ギルドで酒場で教会で、広いとは言っても限りのあるソラネンの街の中でシキに出会う度に理想論を説かれ続けて早五年になる。マクニールは勲功爵家だ。シキの父親が一代限りの勲功により爵位を得ただけだから、シキはシキで勲功を立てなければ平民に戻る。
 そのことについてシキにはシキなりの焦りがあるのだろう。それはわかる。わかるからこそ、サイラスはシキの非難に対して特別に反論をした覚えがない。勝手に言っていろ。そう思っているのもまた侮りであると指摘されると返す言葉に詰まるが、それでも好きにしろとは未だに思っている。
 そんなシキのこともサイラスは特別嫌いだとか思ったことがない。
 理想に燃えた高潔な若者だ。サイラスの中で、騎士と言うのは概ねそういう理想論を抱えていなければ務まらないのだろう、程度の認識であることを肝心のシキは多分気付いていない。
 ある日、魔術師ギルドの依頼を聞きに市街地へと出て行った帰り道のことだ。
 昼食のサンドウィッチの包みを持ったまま市場を歩いていると不意に居丈高な声が聞こえた。

「トライスター、貴様、何だその包みは」
「昼食だ。宿舎のものが持たせてくれた」

 馬蹄の音がゆっくり近づいてくるなと思っていたが、「おい」の声と共に止まる。振り返るとシキが下馬するのが見えた。そして、彼はおもむろにサイラスの手荷物を覗き込む。大き目のハンカチに包まれた何の変哲もない二切れのサンドウィッチだ。外からは中身が何だとか見た目の美醜だとか判じようもないだろうにシキは包みをひょいと持ち上げて言った。
 
「貸せ。そのような粗末なものを子爵家の人間が食うものではない。俺の昼食の方が幾分ましだ。これで我慢しろ」
「いや、マクニール。私は宿の昼食で十分気に入っている」
「貴様の好悪は聞いていない。貴様は腐っても子爵家の出であるのだから、もっと毅然と振る舞え」

 ではな。よい昼食を。
 言ってサイラスの手荷物と彼の手荷物を一方的に交換したシキが再び馬上の人となる。馬蹄の音がゆっくりと遠ざかってサイラスは思わず苦笑してしまった。何というか不器用な青年だ。どこからどう聞いても高圧的なのに中身を咀嚼すると何やらサイラスの身の上のことを心配してくれているのだから呆れる以外の感想がない。
 よく出来た馬鹿だ。お互いがそうなのだろう。わかっていても、サイラスもシキも生きるべき道に対して不器用なのだからお互いの理想の為に生きることは出来ない。
 そんな複雑な感情を持て余しながら、左手の上に載せられた包みを見ている。ほんのりと温かく、そして香ばしい匂いがした。
 サイラスはこの匂いが決して嫌いではない。知っているとも。これは鍛冶屋の次の角にある肉屋で売っているサンドウィッチだ。サイラスが持っていた庶民的なサンドウィッチに対して、これは焼いた厚切りベーコンと野菜がたっぷり入っている。香ばしい匂いの正体はこれだ。肉と野菜、両方を挟み込んだ分シキは高級だと言いたいのだろうが、サイラスはそれほど食事に興味がない。肉屋のサンドウィッチの方が高いというのはかろうじて理解した。その程度の認識しかない。
 それでも。

「セイ、どうしたのですか。嬉しそうな顔をして」
「――嬉しそうに見えるのか、フィリップ」
「ええ、とても。違いましたか?」
「いや、いい。そうだな、己のことを気遣ってくれるものがいるというのは幸福なことだ」

 ソールズベリの家を失ったとき、サイラスの両手にはもう何も残っていないと思っていた。全てを失って、そこから這い上がるなら学問だと思った。サイラスは幼い頃から書物が好きだったから、それぐらいしか思いつかなかったし、シジェドは学ぶものに対して寛容だった。
 だから、サイラスは学術都市ソラネンに身を寄せることにした。
 この街のものはサイラスのことを拒んだりしなかったのが一番の幸いだっただろう。王都ジギズムントから流れてきた貴族の末裔なんて腫れ物に触れるような扱いしか出来ないだろうに、ソラネンのものはサイラスの能力を正当に評価してくれた。
 トライスターの称号を貰って、魔術を修めて、世の中の一隅を照らす存在である今のサイラスを作ってくれたのはサイラス自身の努力もあったが、概ねこの街のおかげだと言えるだろう。
 この街があったからこそ、サイラスは努力をする余地を与えられた。
 だから。

「フィリップ。先ほど報奨金が出たのは知っているだろう」
「ええ、知っています。セイが魔術師ギルドから受けた依頼への報奨金でしょう?」
「普段、あれには散々世話になっている。マクニールへの返礼を何か選びたいのでな、付き合ってくれるか」
「僕はそういうセイのことも馬鹿で不器用で頑固で好ましいと思っていますよ」