Wish upon a Star * 11:Thunderbolt

 そうして、ダラスの魔術干渉からきっかり三日後の早朝、尖塔の最上階に設けられた守護小結界の中でサイラスはソラネンの街を覆った結界魔術に外敵が接触したことを認知した。
 度を越した頭痛がサイラスを襲う。魔力で練り上げられた半球状の結界に何者かが接触している。接触と接触の感覚は不定期で強くぶつかればより強い反動を受けた。

「カーバッハ師! 敵対生物の接触だ!」

 尖塔は魔術式を構築するうえで非常に有効な造りになっている。輝石を正しく配置しさえすれば、尖塔の中で魔力反射が起こり、最小の魔力で最大の効力を発揮した。今、サイラスはが注ぎ込める魔力は平時とはけた違いに多い。その、尋常でない魔力を受けうる器として最大限機能している姿をどう思われているのか、ということについてはこの際、サイラスは忘れることにした。
 今は、再び姿を表したダラスへの対処の方が先決だろう。
 魔術通信を使って、各所に配備されたそれぞれのギルドの指導者たちに連絡を同時配信する。
 指名を受けたクラハド・カーバッハが映像通信に術式を切り替えた。北壁の外側の森に黒煙が上がっているのが見える。

「わかっておる。北東の外壁であろう。550ヤードから向こうの罠が全て吹き飛んでおるわ」

 北壁を魔術師ギルド、東壁を騎士ギルド、南壁をハンターギルド、西壁を学院とそれぞれの組織の指導者が布陣しているが、敵対生物は一体だ。加えてダラスは俊敏性に欠ける魔獣の種であり、巨躯は確かに脅威だが出現した方角に一点集中させることが対策として考えられた。どの方角から襲来を受けても対処出来るだけの人員を初期配置しているが、防備は重ねるに越したことはない。指導者たちが一瞬で守るべき場所と放棄する場所を決断した。

「北東からの来襲か。進路を見るに北門への誘導が有効と見受けられる」
「北門部隊に告ぐ! そちらで『釣り』を行います! 南門部隊は北門への応援を願う!」
「東門部隊、敵対生物の後方に結界を施す!」

 それぞれの動きが定まったことで城壁の中に控えていた戦闘員たちが移動を始める。
 ソラネンの街路は複雑に入り組んでいて、一本道だが目的地に辿り着く為には途方もない時間を要する。その欠点を補うためにサイラスは協力を約束した二体の魔獣に亜空間の湾曲を依頼した。北門と南門を繋ぐのにウィステリア・フロリバンダ、東門と西門を繋ぐのにクァルカス・フィリーデアスを配置している。彼らは黙々と役割を果たし、北門と東門に戦力が次第に集まりつつあった。
 それと前後して、東門の城壁上から仕掛けておいた「罠」が発動され、北東の方向に魔術結界の壁がせり立った。

「トライスター、敵対生物が動きを停止しました!」
「であれば、『釣り』の始まりだ。北門の結界を一時的に解除する」

 カーバッハ師、覚悟はよいか。問うとクラハドは通信越しに闊達に笑って「誰にものを言うておる」と言うなり長詠唱の準備に入る。クラハドが指揮する北門部隊の多くは魔術師だ。一般的な魔術師は輝石の魔力と同調するのに一段階準備が必要で、それを増幅させるのにもう一段階、更に詠唱にと通常三段階の準備が必要となる。経験を積んだものや才能のあるものはその準備時間を最小に留められるが、今回はソラネンの街総出での対処だ。実戦に慣れない若手の術師も多く存在する。そういうものたちを守る為に魔術式が施された特別な盾を持った騎士たちが配備された。一分でも一秒でも長く敵対生物から魔術師を守る。それが彼らの役割で、その中にはシキ・Nマクニールの姿もあった。彼が生きて帰ったら。ソラネンの何を愛しているのかを語らうと約束をしたが、その約束を果たす為にはまずソラネンが守られなければならないのは自明だ。
 サイラスは私的な感情の一切に蓋をして結界魔術の核としての役割に専念する。
 この部屋からは360度全ての方向の映像通信が見られる。黒煙を上げた北東の森の中、橙色が煌めいた、かと思うと強力な魔術干渉が行われる。

「マグノリアを知っているな」

 ソラネン中に響かせようとでも言うのか。その次元での強力な魔術干渉だ。いや、もはやこれは魔術干渉の域を超えている。その証左に魔力的素養がなく、ダラスの声など聞こえないはずの純粋剣士たちに動揺が走っていた。
 魔術騎士の指導者であるシェール・ソノリテ、魔術師の指導者であるクラハドの二者間で速やかな意思確認が行われ、サイラスの控える尖塔に指示が出される。

「トライスター。返答を行ってください」
「出来るだけ煽ることだ、トライスター」
「無論。一切の容赦なく事実には事実を返そう」

 魔力干渉――には強すぎる声が今一度響き渡るまでにサイラスたちの中で方針が決定する。今、この街で最も魔力の供給量的に余裕があるのはサイラスだ。そのサイラスが一手に交渉を請け負う。ダラスは一度に複数のことが出来ない魔獣だから、サイラスと「対話」している間は無防備であることと等しい。
 魔術師たちの長詠唱を安全に発動させる為には必要なことだ。出来る限りサイラスとの「対話」にダラスを集中させたい。その意を汲んで、サイラスは決めていた筈の覚悟を今一度決め直した。

「マグノリアを知っているな」
「知っているとも。だがそれがどうしたと言うのだ二つ目のダラスよ」

 ダラス、というのは蜘蛛の姿をした魔獣だ。だから、蜘蛛と同じように複眼を持つ。ただ、長くときを生きると複眼の数が増える、という仮説があるのもまた事実だ。通信映像の中のダラスは城壁という対比物から推測するに齢百年を越える長命種だろう。人語を介しているが、ヒトと契約したことはない。魔力の波長にヒトのものが一切混じっていないから、このダラスがヒトを捕食したこともないのだろう。
 ダラスの生態については多分、ソラネンにおいてサイラスよりも詳しいものはいない。
 禁書を読み漁り、本物のダラスであるテレジア――マグノリア・リンナエウスと共に実証実験を重ねてきたサイラスよりも詳細な知識を持っているものがいるのだとしたら、サイラスはその知識を金を積んででも買いたかった。
 その、サイラスの知識が教える。長命種は百年を越えて生きる毎に複眼の数が増える。映像の向こうのダラスは禁書の基準に従うなら百年どころではなく、二、三百年は生きているように見受けられた。その、長命のダラスの複眼が二つしかない、というのは不自然極まりない。おそらく何ものかと争って失ったのだろう。
 魔獣というのは誇り高い生きものだ。
 自らの失態について触れられることに耐えがたい苦痛を感じる。
 だから。
 サイラスは敢えてダラスの身体的特徴について触れた。
 思惑に乗ったダラスの二つしかない複眼が高速で明滅する。
 緊張感がソラネンの街に満ちた。
 その中で、サイラスは息苦しさを覚えながらも、ダラスに応じる。

「マグノリアはどこにいる」
「この街にいる。まぁ、二つ目のダラスなどに会わせるつもりは毛頭ないが」
「マグノリアを出せ。今ならまだ間に合う」
「却下する。お前の要求は受け入れられない」

 ダラスの要求とサイラスの否定が噛み合わないまま繰り返される。
 問答を一つでも間違えればサイラスの精神はダラスに飲まれて終わるだろう。
 わかっていたから、サイラスは必死に平静を保った。それとは対照的にダラスの複眼は不規則に明滅した。

「ヒト風情がわれの望みを否定するのか」
「そのヒト風情に付けられた傷跡は疼かないか、二つ目のダラスよ」

 ヒト風情と侮った相手に敗走を強いられたことが魔獣にとって屈辱でない筈がない。
 魔獣はヒトよりも優れた種であるというのが彼らの主張で、彼らはその気になれば一都市を亡ぼすことなど容易いのだから。
 嘲るようにダラスの古傷に触れた。
 複眼の明滅がいっそう激しくなって、魔力干渉の圧が増した。
 ダラスの怒りはサイラスが一身に負っている。北門部隊の長詠唱には影響がないことを通信映像で確認しながら、サイラスは別の煽り方を試そうとした。

「貴様に何がわかる」
「そうだな。何もわからん。わからぬゆえ、問おう。お前は何の為にマグノリアを探している」

 ウィリアム・ハーディが一昨日言った台詞が不意に想起された。何も知らない。何も知らないことを恥じる必要はどこにもないのだ。世の中には知らないことの方がずっと多いのだから。
 ただ、それをサイラスに指摘されるのは不快だろう、というのは感覚的にわかっている。
 わかっているが敢えて問うた。怒りが返ってくる、と想定していたのに意外なことにダラスの魔力干渉にふとゆるみが生じた。

「何の為?」
「そう。お前はマグノリアを探してどうしたいのだ」
「贄とするだけだ」

 その答えにはやはり、という感覚が生まれる。
 何らかの事情があって魔力の欠乏を自覚しているのだろうか。欠乏した状態でこの魔力量なのだとしたら、本来のこのダラスの魔力量は尋常ではないことが容易く想像される。サイラスの背を悪寒が駆け上った。
 それでも。
 マグノリア――テレジアを贄として差し出して安寧を得る、などという選択肢はソラネンにはない。
 通信映像の北面でクラハドが合図をした。北門の魔術師たちの詠唱が終わり、攻撃が可能な状態になったことを意味している。時間稼ぎはもう必要ない。
 ならば。

「であればますます我々はお前の要求を受け入れられない」
「なぜ?」
「贄とされるとわかっていて同胞を引き渡すほど我々は非情ではない」

 ダラスの背後――東北東方面に設置した罠を起動させる。ダラスは基本的に前進しか出来ない種族だ。驚いて前方に進む。そこにすかさず東門から結界魔術で退路を封じる。じり、じりと近づく雷電にダラスはゆっくりと、だが確実に北門方面へ向けて誘導されていた。
 釣り、というのはかつてこの街の人柱を務めていたファルマード司祭がよく口にした言葉だ。
 敵から確実に守りたいものがあるとき、全方位に堅牢な防備を構えてはならない。どこか一か所だけ防備の隙を作っておくことが肝要だ。そうすると、敵はその一点を目指して攻撃をするようになる。防備が出来ていないかのように装い、その実対策は万全に施されている。そういう状態の戦法をファルマードはよく釣りをしている、と言った。
 今回、サイラスたちはその手法を選んだ。
 北壁の結界を一時的に解き、攻めやすいと思わせて結界の境界内に踏み込んだところを集中砲火する。
 サイラスはその為の時間稼ぎを買って出た、というわけなのだが準備が整った以上、魔力干渉という名の舌戦に付き合ってやる義理もない。合図を確認したサイラスは北面の守りを薄っすらとではなく、完全に解いた。同時にダラスの背後から遠隔操作型の罠を発動させる。ダラスの巨躯が少しずつ加速して前進する。
 そして。

「ヒト風情がわれらを『同胞』とは笑わせるな」

 激昂した状態のダラスが北門を目がけて突っ込んでくる。映像の中、クラハドが城門上から指示を出す。ダラスに最も有効なのは雷電魔術だ。あまりにも硬い外殻を物理的に破壊することは困難だが、神経を直接痺れさせる雷電魔術なら内部からダラスに攻撃を仕掛けられる。
 自然では起こりえないほどの電圧で攻撃することによって、ダラスは失神し意識を失う。その間に三体の魔獣たちに処理を任せる、というのが戦略だったが、開門と同時に放った雷電が一瞬で分散するのは計算外だった。

「何――っ?」
「カーバッハ師! 閉門だ! 速やかに門を閉じろ!」

 雷電が分散した瞬間、サイラスは北面の通信媒介に向けて叫んでいた。無理だ、間に合わない。頭では冷静にそう判断するのに、気持ちが声を出させた。分散した雷電が再度、瞬時に再装填されて北門に向けて撃ち返される。クラハドが小規模結界を中詠唱で発現させたがとてもではないが、高圧の雷電を防ぎきることは出来ずに大きく城門の内側に吹き飛ばされた。魔術盾を持った騎士たちがいなければクラハドは今頃、この世には残っていないだろう。
 クラハドの無事をぎりぎりの瞬間で見届けたサイラスは北面の結界魔術を高速詠唱する。ダラスの侵攻が早いか、サイラスの術式が早いか。石組みの城門が木っ端微塵に飛散し、ソラネンの街は無防備を晒す。一歩、二歩とダラスが北門の内側へと入り込み、いよいよ本体、となる手前でサイラスの詠唱が完了した。地下に埋め込まれた巨大な輝石と輝石とを結ぶ形で天へと隔壁がせり上がる。その、境界上にいたダラスの外殻をも切断して結界が成立した。魔力の強度ではサイラスの方がダラスをぎりぎり上回っている、ということだ。ダラスの悲鳴が反響する。このまま結界を維持させれば犠牲者は出ない筈だ。サイラスはそう感じた。
 だが。

「ウィステリア! 北門の部隊を転移させろ!」
「今必死にやっているわ! けど!」
「どうかしたのか」

 ウィステリアの様子がおかしい。ダラスの進撃に怖じている風ではなかったが、とにかく混乱している。ヒトと長く暮らした魔獣だからだろうか。ヒトらしい反応で困惑しているのが通信越しにでも伝わってくる。
 何かあったのか。現場の士気が下がっている、以上の問題があれば速やかに対処しなければならない。
 焦りと緊張感を保ったままサイラスが問うと、ウィステリアは半泣きになって返してきた。

「あなたが切断したダラスの脚! 大量の呪詛をまき散らしてる!」
「何だと?」
「見えないの? 通信にも映っているでしょう!」
「いや――」

 見えていない。というより、サイラスの結界の内側であるのに呪詛に蝕まれている感覚すらない。どういうことだと思ったが、街は恐慌状態に陥っている。まずい。このままでは内部崩壊をするのが目に見えている。北門部隊の統率を取るべきカーバッハは生きてこそいるが、到底指揮出来る状態にない。南門から移動してきたハンターギルドの指導者にそれを託すべきか、と迷ったがその迷いを吹き飛ばす声が間髪入れずに聞こえた。

「シスター! 聖水だ! 早くありったけの聖水をこの辺り一帯にぶちまけてくれ!」
「えっ、あの、えっ?」

 救護要員として控えていた修道女に対して、リアムが指示を出した。
 十人ほどいた修道女の一人が、指示通りに聖水を振り撒くとウィステリアが若干の苦情を織り交ぜつつも、状況が改善したことを報告してくる。つまり、リアムの指示は正鵠を射ていたことになる。
 魔力を持たず、魔獣との関わり合いなど持ったこともないであろうただの傭兵が知っていることではない。
 サイラスの中でリアムの言葉に何か釈然としない感覚が生まれた。

「早く! セイ! 聞こえてるんだろ!」
「――リアム」
「指示を出せ! 魔獣の呪詛は聖水でしか分解出来ない!」
「なぜ、それをお前が知っているんだ」
「五年も黙ってて悪かったな。俺の本名、長いから名乗りたくなかったんだけど本当は――」

 ウィリアム・ヒューゴ・アーノルド・ランドルフ・ダレル・ヨークだ。セイ、本当は知ってたんじゃないか。そんな言葉が聞こえてサイラスは我が耳を疑う。それは、その名前はある伯爵家の伝統的に受け継がれている名前だ。知っている。知っているとも。それでも、その名前と通信の向こうのリアムとが結びつかない。
 なぜなら、それは――

「ジギズムント伯――王子殿下なのか、お前が」

 サイラスが生まれ育った王都・ジギズムント。その直轄権を得ているのがジギズムント伯爵家だ。現在の国王であるエルヴィン王には十二人の王子がいるが、王位継承権を持つのは魔力を持つ者だけだと定められている。その王子たちの中に一人、魔力を持たずに生まれたものがいた。魔力を持たない王子は臣籍降下を命じられ、現在は王都を治めている、というのはサイラスも知っている。
 その王子がリアムだったと言われて即座に信じない程度にはサイラスにも常識と分別があった。あったが、リアムが本当に無関係であるのならどうしてジギズムント伯のフルネームを名乗ったりなどするのだろう。

「セイ! 謝るのは後にするから! 二度と口をきいてくれなくてもいい! 指示を出せ! お前にしか出来ないんだ!」

 リアムの切羽詰まった声が迷うサイラスの横面を張る。
 そうだ。今、サイラスが迷うとソラネンのものが揃って路頭に迷う。最悪の事態を想定するとこの街は全壊だろう。何にも残らない。そのぐらい、ダラスの力は強大だ。心を曇らせていては決して防衛など出来ない。
 だから。
 だから、今だけは。もう少しの間だけは、リアムをただの傭兵の友人だと思うしかない。
 サイラスは腹を括って顔を上げた。
 魔術通信はまだ全方位でつながっている。二本の脚を失った筈のダラスは、その膨大な魔力で即座に外殻を修復していた。そしてなお「マグノリア」を求めてサイラスの結界に接触を続けている。ソラネンのものが混迷を深めるとサイラスの魔力は安定しない。事態を収拾しないことにはまずサイラスの勝ち目はないのだから、何をすべきか、迷う時間はもう残されていなかった。

「皆! ダラスの呪詛には触れるな! 聖水を用意しろ! デューリ神の神力で浄化するんだ」

 サイラスの目に呪詛は見えていない。
 それでも、ウィステリアが――魔獣が嘘を吐く筈がない。
 だから、サイラスの魔術で認識出来ていないものがあるのだと認めるほかないのだ。見えていないものを想像力で補って、知識で肉付けする。落ち着け。冷静に考えろ。魔獣の魔力に対抗出来得るものが神力なのだとしたら、サイラスにはまだ勝ち目がある。
 平静を必死に取り繕って指示を出すと、混乱状態だった北門の修道女たちが立ち上がる。現場にある限りの聖水を呪詛を放ち続けているダラスの脚に振りかけると煙氷が消えるときのように揮発して全てが消えた、という報告があった。
 これで一旦、魔術結界の中の混乱は落ち着くだろう。
 問題があるとするれば、それは北門の指導者が倒れたことと、ソラネンの魔力ではダラスの外殻も神経も傷付けることすら出来ない、ということだろう。後者が致命的だが、それを今市民たちに理解させるわけにもいかない。
 サイラスは知恵を絞った。
 ダラスの呪詛から逃れた北門の内側で修道女の一人が泣きそうな顔でサイラスの助けを請う。

「トライスター! クラハド師が!」

 わかっている。クラハドは一命を取り留めてはいるがダラスの反撃をまともに受けたのだ。決して無傷というわけにはいくまい。だが、こんなところで失うわけにはいかないのだ。サイラスはまだ彼に何の恩も返せていない。死なないでほしい、という願望を無意識下に無理やり押しやってサイラスは次の指示を出した。

「マクニール! 呆けている場合か! 応急手当が終わり次第、カーバッハ師を聖堂へ運べ!」
「だが、トライスター。師は――」

 助からないのではないか。その言葉を最後までシキ・Nマクニールに言わせないでサイラスが遮った。最悪の事態など想定しない。その事態を回避するのがサイラスの役割だ。その為に、この街のものは皆、サイラスに魔力を貸してくれた。その期待に応えるには、サイラスが動揺している場合ではない。言葉には目に見えない力がある。口に出したことは、必ずそうなる。だから。サイラスは覚悟を持って希望の未来を紡いだ。

「お前の脚だけが頼りだ。フェイグ母神に誓え。お前が必ず師を救うのだ、と」
「――承服した。俺が、必ず、師を救う」
「そうだ。皆にも同じことを言おう。この街は皆で守るのだ」

 その為の方策が一つだけある。ただ、それは一か八かの賭けになる、ということをサイラスは敢えて伏せた。ソラネンの戦闘員たちが希望を託して、サイラスの言葉を待っている。
 サイラスの人生を賭した最後の提案が今、紡がれようとしていた。