Fragment of a Star * 03:道草の番人

 物資が足りないから奪う。奪われるのを恐れて人々は集団行動を取る。その結果、物資の使用量は増加し、馬車街は潤わない。
  
「悪循環だ、とは思わないか?」
「だから! オレたちがちゃんと配ってやってんじゃねえかよ!」
「善良なる旅人から物資を奪い取って?」
「い、いいじゃねえかよ! 旅出来るような余裕があるやつらからもらうぐらい、いいじゃねえか!」

 シジェド王国の多くはそれほど富んでいない。フーシャたちがどこで生まれたのか、どうして野盗に身をやつしているのか、の答えをサイラスは持たなかったが、それを理由に他人から略奪するのはどうしても肯定出来なかった。
 サイラス自身、かつてその財貨の全てを失った過去を持つ。あのとき。ソラネンに辿り着けなかったら、ファルマード司祭に出会わなかったら、テレジアを助けなかったら。多分、サイラスは浮浪者の一人になり果てていただろう。
 努力だけを礼賛するわけではない。
 フーシャたちを不実だと詰りたいわけでもない。
 ただ、目の前で繰り返される悪循環を断ち切りたい、という思いだけがサイラスに言葉を紡がせていた。
 貧困が貧困を助長する。富めるものはますます富み、差は成長機会を奪い、更なる格差を生む。そんなことをソラネンの王立学院で別の学者が研究していた。経済、とその学者は言っていた。経世済民――民を救う為の政治、というような意味の言葉だ――の略語か、と問えば金の流れの学問だ、という答えがあった。金がなければヒトは生きることが出来ない。その金がどうやって生まれ、消え、蓄えられるのかの仕組みを彼はひたすらに研究していた。
 サイラスには経済の才覚がない、というのを彼から学んだが、それでも理屈だけは何とはなしに理解した。
 その知識を記憶の彼方から引っ張り出してくる。
 ヒトがヒトの世の中で金を得たいなら、まずは需要と供給について知らなければならないだろう。
 自らが何を供給出来るか。それが世に必要とされているか。その二つが折よく交わるのはどこだ。
 他者から暴力で奪った金は決して長く自らのもとには残らない。
 汗水たらせば問題が解決する、などと甘い道義を説こうとも思わない。
 ただ。
 フーシャたちを必要とする誰かに巡り合ってほしい、と心の底から願った。サイラスの声音に載ったその祈りを聞き届けたリアムが真面目な顔をしてフーシャの方を向く。

「フーシャ、俺もお前たちが略奪行為をいつまでも繰り返すのには賛成出来ない」
「アニキ!」
「悪党みたいな顔をしてるから、奪っていい、とか。金持ちに見えるから、奪っていい、とか。俺もそれはおかしいと思う」
「じゃあアニキはオレたちなんか死ねばいいって言うんだな?」
「ううん。俺はフーシャたちにもちゃんと幸せになってほしい」

 だって、フーシャもターシュも他のやつから奪ったって罪悪感抱えながら幸せになれるような器用な性格じゃないだろ。
 リアムが太陽の笑顔でそう告げると、二人組の野盗は完全に反論の言葉を見失っていた。
 多分。リアムのこういう言動にフーシャたちは惹かれているのだろう。サイラスにそうであったように、誰にでも分け隔てなく手を差し伸べてしまうリアムの向こうにフーシャたちは希望を見出している。
 その太陽が何かを逡巡している。
 そうして、この林の中にいる全員を見渡して、ぱっと表情を輝かせたかと思うと手のひらを打ち合わせる。乾いた音がして、視線がリアムに集中した。

「そうだ! セイ! 俺、いいこと思い付いた!」
「――概ねいいことでも何でもないと思うが聞くだけは聞こう」

 リアムは出自を隠してはいるが、王子の生まれだ。学がない筈がない。
 魔力がない代わりに体力がある。学力がない、という申告を聞いたこともない。
 なのに。どうしてだろう。このジギズムント伯爵はいつだって思いやりに満ちた暴論を展開する。

「フーシャたちも連れてこう!」
「――は?」
「ハァ? アニキ、頭でもイカレたのかよ」

 セパレータも持たねえオレたちが旅なんて出来るわけねえだろ。
 酷くつらそうにフーシャが吐き出す。ターシュも曖昧に微笑んでいたが多分、姉と同じ思いなのだろう。
 セパレータというのはこの大陸における身分証だ。生まれた土地、血脈、家格、肩書、年齢などが記録された指輪のようなもので、シジェド王国でも大都市の城門はセパレータなしには通過することが出来ない。特に、貿易都市であるハルヴェルは国外の商人も数多往来する。身元保証のないものは決して入門することが出来ない決まりになっていた。
 国際的な法律上、セパレータは誰もが持つようにと定められているものの、一度登録してしまえば、徴税リストに名が乗る。名が乗ればそれをもとにとんでもない額の租税を課されることもままあり、貧困層の多くは生まれた街を離れる機会も少ないことから、納税を免れる為にセパレータなしに生きている。そうでもしなければ国や領主からの税から逃れられず、無賃労働者となり、一生を棒に振るも同然だというのもまた現実だった。
 フーシャたちの両親が何ものか、サイラスは仔細を知らないがセパレータを持っていないというのなら、流れ者なのだろう。馬車街に入るのにセパレータは必要ではない。シェルジャン街道上にある馬車街間を移動するだけなら誰も身元を確かめたりなどしない。
 都市と都市の間を流れるものも決して少なくはなかった。