Fragment of a Star * 07:自由と平等

「綺麗ごとだけじゃ飯は食えないだろ」
「綺麗ごとを言い合えるのは国が豊かな証左だ。飯は当然食える」
「流石、学術都市の騎士様は言うことが違うな。高尚な理論をお持ちでおられる。はいはい、大した理論だよ」
「貴様だって知っているだろう。『これ』は俺たちと同じ次元にはいない。それでも、『俺たち』は貴様のいう明日のシジェド王国の為に旅をしている。貴様がそれを否定するのなら、もうこれ以上俺たちの誇りを貴様に貸し与えることは出来ん」

 トライスター。女鹿殿。鷹殿。異論はあるか。
 その問いに首肯したが最後、シキはせっかく説得したカッソのことも放棄して馬車道をソラネンへと引き返すのは明らかだ。
 だから。
 
「マクニール。もういい。そこの馬鹿の言い分を聞きたいのだが、その前にお前に一つ確認したいことがある」
「何だ、トライスター」
「リアムに一体何の話をしたのだ」

 おそらくそれがこの事態の肝心の部分だろうとサイラスは察していた。でなければリアムが突然に不満や不安を爆発させたりなどしない。
 昼食のフラップをスティーヴが先に受け取ったのはずるい、と言っていたときにはリアムはいつも通りの精神状態だった。変化が起きたのとだとすればフォノボルンとやり取りをしていた間しかない。そして、その間、リアムはシキと言葉を交わしていた筈だ。
 となると、シキが何か失言をしたのだと考えると辻褄が合う。
 リアムがソラネンを綺麗ごとと断じるだけの何かをシキが語ったのだ。

「貴様の職務と職責についてだが」
「お前のことだ、馬鹿正直に全て話したのだな?」
「問題があったのか?」
「いや。お前に非はない。そうなることを予見出来なかった私のミスだ」

 シキの返答にサイラスはようやく得心がいった。
 なるほど。リアムはおそらく勘違いをしている。
 自分の責任でないことを自分で抱え込んで、責任を果たそうとしているのだろう。
 それがわかったのなら、成すべきことは自明だ。責任はあるべき場所に戻してやらねばならない。

「リアム。安心しろ、この国は自由と平等を重んじている。お前も、お前の親族も。私から自発的に生きる権利を奪ったことは一度もない」

 貴族政治の権化であるシジェド王国にあって、それでもここを自由の国たらしめているのは王家の気高き博愛精神そのものだろう。
 ヒトをヒトとして称賛する。ヒトらしさを何よりも重視し、ヒトの国であることをかたときも忘れない。貧富の差や学識の差は依然ある。飢えてこそないものの、フーシャ・タラッタラントたちのように無法の存在と化しているものがいるのも事実だ。
 それでも。
 サイラスは自分の足で立っている。
 立っているのだ、まだこの国に、自らという存在を掲げて。
 だから、リアムは彼自身を責める必要などどこにもない。
 寧ろ、彼には誇ってほしいほどなのだ。他の誰でもない、彼自身がサイラスに世界の広さを教えてくれたのだから。
 ぶっきらぼうな声が返ってくる。それでもサイラスが怖じることはない。弁舌の世界にあるとき、サイラスが憂う明日は来ない。綺麗ごとかもしれない。机上の空論と呼ばれてもいい。だとしても。誰かがその旗を掲げなければ存在の有無すら論じられない。論じることで初めてヒトは知を共有する。
 だから。
 サイラスはそっぽ向いたままのリアムに話しかけるのをやめなかった。

「──何の話だよ」
「私がソラネンを出たことによって、私の自由が奪われたと思っているのなら断言してやろう。思い上がるのもいい加減にしろ」

 リアムの意識の世界にサイラスは既にいない。話しかけるのも気不味いとすら感じているから、彼は敢えてサイラスを突き放そうとしているのが手に取るようにわかる。彼に再びサイラスを認識させるには穏やかに語りかけるのでも、柔らかく諭すのでもなく、挑発をした方が確実だった。
 サイラスの思惑通り、安い挑発を受けて気不味さから視線を外していたリアムがこちらを見る。そこには一抹の不安と後悔と共に確かに憤怒が宿っていた。この顔が出来るのならまず問題はない。その手応えを感じて、サイラスの詭弁が続く。

「なっ──!」
「いいか、リアム。シジェド王国は自由と平等を尊ぶとお前の血縁の誰かが定め、お前の父君が遵守し続けている。私は平等のもと、職務に当たっている、ということだ」
「何だよ、それ。お前の仕事、俺の所為で増えたって正直に言えばいいだろ」
「お前がどう思っているのかは定かではないが、先にも言った通りこの国は平等なのだ。平等の定義を誤るな」
「意味わかんないんだけど」
「感情を定量化出来ないことはお前にも理解出来るな? そうならば責任を定量化出来ないことも理解しろ」
「責任は定量化出来るだろ」

 よくわかんないけど、とリアムが結ぶ。
 サイラスはリアムのこういった馬鹿正直さが決して嫌いではない。
 恥入りながらも真実を口にする、本当の意味での強いヒトだとすら感じていた。

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