Fragment of a Star * 03:道草の番人

 シジェド王国においては騎士というのは総じて皆、誇り高い。天空父神・デューリと大地母神・フェイグに忠節を誓い、その信念に沿ってのみ動く。人の営みは父母神の庇護があってこそ成り立つと心の底から思っていなければ、騎士団の厳しい教えを守り続けることは決して出来ないだろう。
 だから、リアムは市井を流れて旅すると決めたときも騎士を装うとは思わなかった。
 リアムに騎士は向かない。信じるものを持たず、誰とも群れず、それでも旅をするのに傭兵という職業はとても便利だった。過去を知りたがるものもいない。危険があると旅を阻まれることもない。ただ、武辺があればそれだけで誰も何の疑問を持たない。
 そういう便利な道を選んでおいてこんなことを言うのもおかしな話だったが、シキというのは美しい理想を体現した概念そのもので、ときどき息が詰まりそうになる。これほど、清廉潔白に朋友を信奉出来るシキのことを眩しいと思うのに、シキ自身はリアムの戸惑いがどこにあるのかを知りもしない。

「ソラネンの誇るトライスターの学者が生態系の保存について失念しているなどと本気で思っているのだとしたら、それは我々に対する最大級の侮辱と受け取るが?」
「そんなことない! 俺だってセイのこと信じてるよ!」
「ならば逆接の言葉は全て飲み込め。で? 貴様はそこな野盗に何と答弁するのだ?」
「うっ……それは――」

 フーシャを庇うとサイラスを責めることになり、サイラスを庇うとフーシャを責めることになる。全てが丸く収まる回答、を探してリアムは空中に視線を泳がせた。必死で考える、というのは意外と時間の経過を遅くさせるらしい。永遠にも近い時間、必死で答えを探していたリアムにシキの向こうから助けの一手が差し伸べられたとき、リアムは確かに神という存在に感謝した。

「ベルローズは確かに群生することが珍しい植物だ。だが、適度に間引いてやらねば来年もまた同じように生育するのは困難だ」

 大事にする、というのは宝箱の奥に閉じ込めておくという意味ではないだろう。
 違うのか。淡々とサイラスは説くがフーシャはそれも馬鹿にされたと受け取ったらしい。顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

「何ィ? テメエ、オレのやり方が間違ってるってのか?」
「そうだ。数があればそれが無限に続くと思っているのが誤りだ。保護というのは無限に蔓延らせることではない。本来、その植物が持つ最適の状態を維持することも必要だと覚えておくといいだろう」
「ハッ。テメエが儲かった言い訳をぐだぐだ偉っそうに垂れてんじゃねえよ、モヤシ!」
「私がモヤシならお前は砂以下の存在だ。いや――寧ろ砂に詫びねばならんぐらいだ」
「なっにを!」
「お前には私が商人か何かに見えているのか? 我欲の為に素材を独占するとでも? 学者というのはそれほど暇ではない。私が路銀の為だけに薬草を摘むような馬鹿に見えているのならお前に野盗の才覚はない。今すぐお前のいう『アニキ』の付属品に戻るといいだろう」

 弁舌の勝負ならサイラスに勝るものは殆どいないといっても言い過ぎではないだろう。
 次から次へと挑発の言葉が速射される。その一つひとつを浴びて、フーシャはあまりの激昂に頭から湯気を立てて沸騰しそうなほどになっていた。あと一言でフーシャが短剣で斬りかかってもおかしくない、そんな絶妙な塩梅でサイラスの声のトーンが落ちる。それに気付いたのはリアムとシキだけだった。

「ベルローズは挿し木が出来る。日照時間と降雨量のバランスのいいこの山林の中なら、他の場所でも十分に繁殖が可能だ。ここ以外に植えられそうな場所はないのか」
「だから! なんでテメエの言い分に従わ――え?」
「増やしたいのだろう? ベルローズの花弁には強い解毒作用がある。蜜もまた滋養強壮作用が高い。茎は乾かして炒れば臓物の疲れを取り除く。根もまた種々の工薬となる。捨てるところのない優れた薬草だ」

 私は薬学専攻ではないが、ある程度の知識はある。薬師のいないあの馬車街では少しばかり役に立てると思ったが違っていたか?
 労りを持ったその声にフーシャの勢いがくじかれていくのを周囲は感じていた。
 ソラネンのトライスターというのはそういう学者だ。誰も彼もの考えをすぐに否定する。そればかりか、正論の拳で殴りつける。反撃の余地を許さないで攻撃をするだけしたら、その次に待っているのはどうしてだか改善の提案で、学があるくせに人の心の機微も捕らえられない。最初から力添えをしたいと言えばいいだろうに、どうしても正論で殴らないと気が済まないところがサイラスをサイラス足らしめている最大の欠点だった。

「――テメエ、何が言いたい」
「シェルジャン街道を往来する馬車はそれほど多くない。略奪を恐れるから、出来るだけ大勢をまとめて移動させようとする。その結果起きているのが、街の慢性的な物資不足だ」

 大規模都市ともなれば備蓄がある。様々なギルドがあり、多くの職に就いたものがいる。それぞれが補い合うことが出来るだけの余裕が都市にはあるが、馬車街は旅人たちの拠点としてしか存在出来ない。物資の殆どは都市に向けて運ばれるばかりで、馬車街そのものに供給される量はたかが知れている。
 それに拍車をかけているのが野盗の存在だ。

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