Fragment of a Star * 05:天乙女

 晴れ渡る空の下、高次の魔力を秘めたものが並んで歩く。
 サイラス自身すらその一角を担いながら、訪ねビトのことを確かめたのは他人の恋愛に横やりを入れたかったからではない。

「フォノボルン。文献の向こうで見たヒトの世の英雄を私もまた見てみたいのだ」
「永劫のときを巡り続けるわが背の君ですけれど、ただそれだけのヒトでございます。あの方は『月光の君』、あなた様のように世界の為に生きるなどと豪語されるほどの方ではございませんわ」
「そんな馬鹿ものは私とリアムの二人も揃えば十分すぎるほどだ。安心していい。ただ、ときを巡り続ける旅人と言葉を交わしたいだけだ。それ以上のことは決してしない、とあなたの父君の名に誓ってもいい」

 天空父神・デューリのことは一応だが敬ってもいいと思っている。あの日、あのとき。サイラスの身に受けた神の加護のことはまだ忘れていない。父母神に見捨てられたと思った喪失の夜のことも同様に忘れていなかったから心の底から崇拝することは出来ないが、それでも敬ってもいい、まで回復した現在の気持ちについていつか未来のどこかで明るい答えが得られるといいとも思っている。ヒトの世ではそれを希望と呼ぶのだが、敢えてそれには感知しないことを選んだ。
 そんなサイラスの葛藤を知らない雨の女神はサイラスよりも少し低い位置でたおやかに微笑む。

「ラルランディア様はきっとあなた様のことがお嫌いでいらっしゃるわ」
「ほう。どうしてそう思われる」
「だって、あなた様は道を真っ直ぐに歩いていらっしゃる方。ヒトの理を無視してわたくしと恋をなさったかの方はあなた様からご覧になればただの狂人のようなものでございましょう? ラルランディア様はあなた様の『偏見』にきっとすぐお気づきになられますわ」

 フォノボルンが断じた「偏見」という答えにサイラスは脇腹を刺されたような鈍い痛みを感じた。傲慢、や、潔癖とほぼ同義の袂を分かつ言葉だ。正しさは全てを救わない。そのことをサイラスもまた知っている。知っていて善を成すことに躊躇しないものが愚かで、哀れだということも知ったうえで、それでもサイラスは自らの道を歩くことを選んだ。
 この道の果てに幸福が待っていることすら望んでいない。
 それでも。

「流石に臆面もなくそう評されると清々しいほどに苦しい」

 たおやかな笑みのまま残酷な現実を告げられて痛みを覚えない程まではサイラスも強靭ではなかった。自らの非を知れば落胆するし、腹を探られれば痛みを覚える。清廉潔白で過ちの一つもない、だなんて言えるほど超自然的な存在だったなら、今頃はヒトの身で学問を修めることなどに挑んだりせず、父母神と信心を競い合う新たな神のひと柱となっていただろう。
 そんな自分を振り返りながら感情を端的に述べると反対隣を歩くフィリップが呆れて笑った。

「トライスター。表現が崩壊しているけれど?」
「あまりにも苦しすぎていっそ清々しいほどだ、の方がよかったのか?」
「わかっているのなら最初からそう言いなよ。僕たちは君ほどには言葉に精通していないのだからね」
「いいえ。いいえ。『月光の君』とお呼びするに相応しい精緻で剛直なお言葉でございましたわ」

 本当に。ラルランディア様がお会いになればきっと一目で反目し合うのが目に浮かぶようでございます。

「フォノボルン。あなたの言葉の選び方も私のそれと大差ないのだが?」
「ふふふ。あなた様の感性が伝播したのでございましょう」
「——君たちの遊びには付き合いきれないよ」

 溜め息を吐いては顔中で呆れを表現したフィリップと麗らかな微笑みのフォノボルンとを両隣に携えてしまったサイラスはそれでも、どうにも満更悪いばかりではなかった。好奇心と向学心を高揚させながら通りを歩く。フォノボルンが進みたい方向とサイラスたちの泊まっている宿屋の方向とが一致していたから、三人は揃って歩いていたが宿屋の看板が見えるかどうかの距離になってフィリップの足がぴたりと止まる。
 隣から消えた姿を追って振り返ると、コンパスの長い美男子の聖職者が眉間に皺を寄せて、街路の上でサイラスを鋭く射た。

「トライスター。僕が思うに」
「どうした、フィル」
「君はまた食事のことを忘れようとしているね?」

 フラップを買いに行く途中だったじゃないか。これじゃあすぐに馬車街を出てしまうよ。
 宿屋は馬車街の北門のすぐ内側にある。古着屋で買ってきた着替えを置いたらそのままフォノボルンのいう方向——馬車街の外周に沿ったどこかへ出立するつもりだった。
 そうするとフラップ——昼食を買う機会はもう訪れないし、食事を必要としない魔獣と天乙女がヒトの空腹について留意することもないだろう。もう、半ばそうなりかけている。
 フィリップの指摘を受けて、サイラスもまた足を止めた。
 そうだ。聖堂前のフラップ屋でフィリップの分を買ってから、他の仲間たちの分も調達しようと言って聖堂の方へと進んでいた。だのに聖堂前に辿り着く前にサイラスがフォノボルンの到来を察知してしまった。
 高揚を沈め、冷静に状況を思い出せば言い訳の出来る状態になく、サイラスは鷹の魔獣の指摘を受け入れる他ない。
 溜め息が漏れた。

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