Fragment of a Star * 04:神の在り処

 魔獣たちの気配りにより、無事食事の時間に間に合ったサイラスはそこでリアムとシキとに合流した。
 大皿料理が次から次へと運ばれてきては円卓の上に湯気を立てて並ぶ。一日の仕事を終えた後の料理は美味い、と言いながら豪快に食事をするリアムを見ていると本当に彼が王子でいいのか、サイラスは少しだけシジェド王国の未来を憂えた。
 誰もが酒の飲める年齢をとっくに超えている。当然のように葡萄酒が出てきて、リアムの食欲は更に増進した。
 サイラスは下戸で、酒類はあまり好まない。付き合いで最初の二口を飲んだ後は、果実のジュースを希望した。果実のジュースと一括りにしても、ソラネンで流通しているものとは違う。南方に近付くほど芳醇な香りと糖度が高いものに変わってきつつあるのを実感していた。
 料理も味付けがだんだん大雑把になってきていて、ソラネンとは何もかもが違う。
 香辛料の味がする肉料理をナイフとフォークで器用に切り分けながら、サイラスはリアムに尋ねた。

「お前たちの用件は終わったのか?」
「うーん、魔力に耐性のある騎馬って街道沿いの馬車街では見つけにくいからなぁ」

 今いる三頭の騎馬たちは旅立つサイラスへの助力としてソラネンの騎士団から借り受けたものだ。魔術騎士たちも多く所属する騎士団だからこそ、騎馬を選ぶことが出来たが馬車街で同等の騎馬を探すのは中々骨が折れるらしい。
 安易に野盗姉弟を旅に誘っておいて移動手段がない、というのは片手落ちの中でもかなり悪い部類だろう。
 リアムとシキは散々苦労したが結果は芳しくなく、途方に暮れていると顔中に書いてある。
 そんな二人の努力を徒労にするのは忍びなく、サイラスは頭をひねった。
 今日、山林の中で見たものからその向こうの生態系に思いを馳せる。

「オリヴィア・サン・ウーバが生育しているのなら、あの山林には野生のカッソがいるかもしれん」
「カッソって、あの『平角鹿』?」
「そうだ。カッソならば魔力に怯えることもないだろうし、見たところ野盗ならば安ものの鞍でも十分に乗りこなせるだろう」

 オリヴィアの実を好んで食する草食動物・「平角鹿(カッソ)」は鹿の種としては珍しく、南方に生息している。今日、ターシュが案内してくれた山林のあちこちにオリヴィアが見受けられた――ということはカッソもまた生息している可能性が高い。それに、カッソは魔獣ではないが先天的に魔力を持って生まれるモンスターの類で、魔獣たちと旅しても今更臆することもないだろう。
 駿馬とまではいかないが、カッソも健脚だ。騎獣としてはそれなりに悪くない、とサイラスは判断する。
 食事をする手を止めて、リアムが難しそうにこちらを見ていた。

「カッソってのは悪くないかもだけど、セイ。お前、どうやってカッソ捕まえるんだよー」

 馬車街にそう都合よく野獣使いが滞在しているわけがない。カッソを捕まえることこそが難題だ、とリアムが抗議した。リアムは傭兵としてはそこそこの実力だが、モンスターの扱いに慣れているわけではない。シキもまた騎士としては有能だが、害あるモンスターを討伐したことこそあれど、モンスターを手懐けヒトの騎獣とした経験などあるはずもなかった。
 だが。
 サイラスの脳内ではそれはさほど問題ではない。
 ちら、と隣を見やる。対岸の火事とでも思っているだろう美しき女妖に向けて期待の眼差しを投げる。

「何を難しく考えているのだ。ここにいるだろう。美しき女鹿の魔獣が」
「えっ?」
「スティ。出番だ。『平和的解決』をしようではないか」

 女鹿の魔獣であるスティーヴには鹿の言葉が理解出来る筈だ。本質的に同じなら、対話が出来る。
 対話が出来たなら、力づくで従わせるよりももっと確実な合意がなされるだろう。
 だから、サイラスはスティーヴに新たな仕事を押し付ける。
 我関せずを貫いたフィリップ以外がスティーヴに注目した。美しき魔獣は肩をすくめ、そうして諦観を示す。

「――あなたって本当に、食えないヒトね」
「スティ。お前なら出来るだろう」
「そうね、あなたの言うことには理があるわ」

 あの山林にカッソがいるというのも、スティーヴが説得出来るというのも肯定された。ただ、ヒトの騎獣になるということはヒトの世の中に混ざるということだ。ヒトの社会の匂いを付けたものが、解放されたところで純然たる野生に帰れるはずがないことを承知の上で言っているのか、とスティーブの双眸が問うている。
 それは、つまり、二頭のカッソの運命を未来まで背負う覚悟があるのか、ということだ。

「それは私が負うところではない。カッソのあるじとして認められたものが考えるべき事象だ」
「……あなたって、ときどき優しいのか厳しいのか判断に困るわ」
「私が従えたところで、背に乗るものが受け入れられなければ無意味ではないのか?」

 馬やカッソだけではない。そのものを自らの背に乗せるに値すると判断するのは騎獣そのものだ。だから、どれだけスティーヴの説得があろうともカッソ自身がフーシャ・タラッタラントたちを拒めばそこで物別れにしかならない。そして、背を貸してやるとカッソが判断したのなら、そこから先は当人同士の問題だろう。サイラスが何を保証したところで音が生まれる以外の価値は何も生まれない。

「そもそも、よ。あなたたちはあの野盗たちが一緒に来る前提でいるけれど、確証などないのでしょう?」
「姐さん、それは大丈夫だと思う」
「どうして?」
「フーシャは絶対に受け入れられないことを検討したりしないから、かな」

 それがリアムとフーシャたちとの間にある信頼関係なのだと彼は暗黙裡に示している。
 そして、そういう目には見えないヒトとヒトとの結びつきを魔獣たちが愛しく思っていることをサイラスは知っていた。リアムからこの答えが得られたなら、スティーヴとの交渉は成功したも同然だろう。

「わかったわ。明日の朝、門が開いたら探しに行ってあげてもよくてよ」
「ということだ。あとはあれが折れるのを待つだけだな」

 サイラスに出来ることはもう終わった。あとは思うだけ薬を調合して冒険者ギルドに納品するだけだから、明日の日中の時間があれば十分だろう。眠る前に時限式の乾燥魔術でも使えばちょうどいい具合に薬草の茎と根は乾く。
 下準備はしたのだ。
 果報は寝て待てという。今日は安眠出来そうだな、と思いながらサイラスはジュースの入ったグラスを傾けた。
 スティーヴとは反対隣に座ったリアムが葡萄酒を飲み干して言う。

「よーし! 安心したらもっと腹が減ってきたなぁ~、もう一品頼んでいいだろ?」
「好きにしろ。マクニール、お前も手伝ってやるといい」
「俺の腹とて、無尽蔵ではないぞ、トライスター」

 だが、そうだな。この食堂の料理は美味い。俺ももう少し食べたかったところだ。
 素直ではない騎士がそう返答するのを聞かずに、リアムは女給に追加注文をする。
 こちらの意見も聞け、とシキが怒鳴ったところでほろ酔いのリアムには届かず、シキは大きなため息を吐きながらも満更でもない顔をしていた。
 夜が更ける。