Fragment of a Star * 04:神の在り処

 サイラスの朝は早い。ソラネンにいた頃は毎朝、寄宿舎で食事を取る前に天文台に立ち寄って今日明日の天気について一緒に議論したものだ。旅に出てからは観測器もないから、天気予報をするのは大都市に立ち寄った時だけになったが、その代わりに魔獣たちが空気の変化を教えてくれる。特に鷹の魔獣であるフィリップの予知はヒトではあり得ないほどの精度で、学問を軽々と超越する存在に舌を巻いたものだ。ヒトが四苦八苦して得ている情報も魔獣の前では常識同然だというのはそれなりに自尊心を傷付けたが、サイラスはそれで心を折るような学者ではなかったから、寧ろフィリップとの論議を楽しんですらいる。新しい知識や技術はいつもサイラスの心を躍らせる。どんな事象も知れば感動を覚えたし、その向こう側にあるものに惹かれてやまない。そういうあるじだとわかってきた二頭の魔獣たちはサイラスが知りたがっていることを自らが苦痛を感じない範囲で、だが一緒に議論してくれる。魔獣もまた好奇の生きものだ。
 今朝もまたいつも通りの時間に起きると同室のフィリップに見つかる。魔獣と共に寝泊まりをするのに抵抗があるリアムとシキとに配慮した結果、宿ではいつもこの組み合わせだ。鷹の魔獣の夜は早く、フィリップはサイラスのことを放置して眠りに付くが睡眠時間は一般的な人間のそれと変わらないらしく、早寝早起きの学生のようなサイクルで生活している。スティーヴに言わせれば寝顔を晒す魔獣などフィリップの他にいないから、サイラスがあるじとして信頼されていることを誇るべきだそうだ。

「トライスター。君は本当にあの野盗の姉弟を連れて行くつもりなのかい?」

 髪を手櫛ですいて最低限の視野を確保しているサイラスに向かってフィリップは不機嫌そうに問う。昨日の出来ごとについて、彼は何かしらの不満があるらしい。寝言を口にしている雰囲気はない。純粋にフィリップは面白くない、という感情をサイラスに伝えた。

「リアムがそうする、というのなら私は特に反対する事由がないが?」
「王子様は慈愛で目が眩んでいるのかもしれないよ? まぁ、僕が団体行動を好まない、というのが一番の理由だけれど」
「ヒトの街にあって迷子になる宿命を持つ身でよくもまぁ、その台詞が言えたものだな、フィル」
「スティと二人ならいいのさ。彼女なら僕を見逃さないだろうし、僕も見つけられる」

 悪口には悪口を。弁舌の世界で生きていたサイラスが己の武器を振りかざすとフィルは端正な顔をくしゃりと歪めたがそれでもなお顔面は美を湛えている。かつて、サイラスを新たなあるじと定めるまで。二人は別のあるじを戴いていたし、そのあるじの願望を叶える為に二人で旅をしていたのはまだ記憶に新しい。二人旅──もしくはあるじたるサイラスも含めた三人の旅路までは団体行動に含めない、と暗に宣言したフィリップの眉間には今もまだくっきりと皺が刻まれている。
 これは本当にフィリップが何らかの忠告をしようとしているのだ、と気付いたからサイラスは髪を編む手を止めて問うた。

「それで? 英明なるファルコ殿はあれらに何の不安を感じているのだ」
「災厄の香りがするんだ」

 至極まともな顔つきでフィリップはそう言った。あまりにも端的で率直すぎる回答にサイラスは苦く笑いながら応じる。

「野盗だからか?」
「というよりはこの馬車街と彼らの身の上が関係しているように僕は思っている」
「根拠は?」
「君も気付いているだろう? この街は慢性的な薬不足が起きている。薬草の類が生育しない土地柄なのかとも思ったけれど、君も昨日見た通りだ。この街の外周にもきちんと薬草が繁殖している。普通ならそれを薬剤師ギルドと騎士団が保護している筈なのに、この街じゃ野盗の二人が隠して独占しようとしている、だなんてあり得ない。そんなことを許している馬車街を僕は未だかつて見たことがないよ」
「つまり、野盗の二人とこの街の住人たちの間には何らかの因果がある、と言いたいのか」
「少なくとも、街の住人もあの二人も語らない何か、があると僕は踏んでいるよ」

 二人をこの街から遠ざけたいのか、それとも遠すぎない場所で買い殺したいのか。
 陰謀論を仄めかす口ぶりに魔獣というのが好奇の生きものだったということをサイラスは思い出す。サイラスと同じ、理を知りたいだけの求道者だ。だからこそ、ヒトの身でありながら真理を求めているサイラスと契約を取り交わすに至る。全く難儀なものに好かれたものだと思いながらも、サイラス自身、野盗の二人に何の違和も感じないわけでもない。リアムがああまで世話を焼こうとするのだ。それなりの理由があるだろうと察したから口を挟んでいないが、何かを秘匿されているのは間違いがない。
 
「だが、それならリアムが何かを知っているだろう? アニキ、などと呼ばせているのに無関係というわけもない」
「そう。あの二人は王子様と何らかの関係があるのは明白なんだ。なのに彼は君に説明をしようともしない。不実じゃないかな?」

 不実だろう。サイラスがリアムを信頼している、という大前提でサイラスの親切心を搾取している。疑わない、とまで侮られてはいないが、疑ったとしても許してくれるだろうと思われているのは間違いがない。