Fragment of a Star * 04:神の在り処

「鷹の魔獣をもってしても天候は予測出来ない、と言うことか?」
「トライスター。僕たちは神ではないんだ」
「神か。お前たちも神を信奉している、というのは意外だな」
「そうかな? 僕たちはあるがままに生きているだけだよ。君たちが信奉するものが幻でも何でも構いやしないだけさ」

 ヒトの世にあって魔獣でありながらデューリ父神の代弁者を隠れ蓑にしているだけのことがあり、フィリップはヒトと神の在り方についてサイラスよりもよほど受容的だった。在るものはある。実体の有無ではなく、在ると「言われる」ものは在る。そんな立ち位置だと彼の今朝からの態度が告げていた。

「さぁ、トライスター。几帳面な君のことだ。その麻の制服も洗濯しないことには袖を通す気にもならないのじゃないかな?」

 日が高いうちに宿屋へ戻ろう。この街ですべきことはもう終った。明日の朝には次の馬車街に向けて発つことになっているのを忘れたわけじゃないだろう、と暗に急かされる。
 日の高さから見ても昼までにはまだ間がある。サイラスは古着屋で制服を包んでもらった布袋を抱え直す。非力で貧弱なサイラスにとっては、たかが布袋一つでも長く抱え続けるのは不可能だった。
 店と店との間に置いてある木箱の上に布袋を置いて再度持ち上げながら言う。

「魔術で洗浄すれば半日もあれば十分だ」
「よしてくれよ。貴重な輝石を洗濯に使うだって? 王子様たちが聞けば卒倒ものの台詞じゃないか」
「フィル。よく覚えておくのだな。私はソラネンの誇る天才学者だ。小石程度の大きさがあれば十分に洗濯から乾燥までの行程を終えられる」
「──君は、そういうときだけは自己評価が正当になるのだね」
「何。使えるものは使う。それだけのことだ」
「スティが君のことを面白がっている理由が少しわかってきたような気がするよ」
「何を言うのだ、フィル。お前も最初から面白がって付いてきたのだろう?」

 他者のことに感心できる立場か、と暗に責めれば鷹の魔獣は手袋に保護された右手で彼自身の顔を覆って天を仰ぐ。おお、神よ。そのヒトの言動を具現化した修道服の男を放置して、サイラスは道を歩き出した。その視界の端に、ちり、と違和を覚える。何だろう。正体を掴みかねて周囲を見渡すとフィリップが不思議そうな顔をして後ろにいる。

「トライスター? どこかにまだ寄りたいのかい?」
「いや。大したことではない。大気が落ち着かないような気がしただけだ」
「気の所為じゃないのかい? さぁさぁ、細かいことを気にしている場合じゃないんだろう?」

 早く宿屋に帰って洗濯でも始めるのだね。皮肉げに笑むフィリップには本当の本当に何の違和も感じられないようだった。ヒトよりも余程感覚が鋭敏な魔獣をして違和がないというのなら、多分、サイラスの勘違いなのだろう。そんなことを一人で積んでは崩しながら空を仰いだ。確かに、快晴そのものだ。雨雲の片鱗すら浮かんでいない。
 気の所為だ。ならばリアムたちが無事カッソとの交渉に成功して戻ってきたときの為に、昼食の手配をする必要があるだろう。考えて、フィリップに打診する。君にしては気が利いているじゃないか。明朗に微笑んで、宿屋でハルヴェル王立学院の制服を洗った後の段取りを始めるフィリップを見ていると、本当にただの杞憂のような気がしていた。
 この馬車街の名物料理の一つにフラップなるパン料理がある。野菜をよく煮込み、香辛料で味付けしたソースを薄く焼き上げたパンに付けて食べるのだが、中々個性的な味だ。それも店によって味付けに違いがあり、この街に到着してからというもの、昼食はフラップを買い歩くものという認識になっている。まだ食べていないフラップの店を探そう、と提案するとフィリップは「聖堂前のフラップでいいじゃないか」と返してきた。父神・デューリを祀った聖堂の前にあるのは移動式のパン屋で、ソースは辛味が強い。ソラネンをはじめとするシジェド王国の中部地域の食事はどちらかと言えば薄味だったため、サイラスはフィリップほど美味いとは感じなかった。
 その旨を告げると君はわかっていない、という顔が返ってくる。

「トライスター。あの辛味の素晴らしさがわからないのなら、是非とももう一度きちんと味わうべきだと僕は思うのだけれど?」
「フィル。お前はときどき恐ろしいまでに意固地になるな。何度言われても否だ。何ならお前だけでフラップを買いに行くといい。帰ってこられるのなら、の話だが」
「おや? そう言ったら僕が引き下がるとでも思っているのかい?」

 フラップの露店は大体の場合、ソースの入った小瓶とパンを紙袋に入れて販売している。最悪の場合、鷹の姿となって袋を嘴で咥えて宿屋まで戻るだけだ、とフィリップが宣言したのを聞いてサイラスは後ろを歩く鷹の魔獣がどうやってヒトの世を渡ってきたのかをまた少し知った。

「フィル。お前の分だけ、聖堂前で買うのなら付き添ってやろう」
「本当に君も食べなくてもいいのかい? 本当に?」
「十分間に合っている。お前も聞き分けのないやつだ」
「トライスター。君たちからすれば悠久のときを生きている僕たちがそう簡単に持論を覆すなどと思わないことだね」

 ほらほら。聖堂前のフラップが売り切れてしまうよ。急いで宿に戻らなくちゃ。
 言ってフィリップはその長い脚でサイラスを容易く追い抜いていく。歩く速度を加減されていたのだ、ということを改めて突き付けておいて清々しい顔をしているフィリップを見ていると、どうしても屈辱や抵抗を感じることが出来なかった。足早に宿に向かうフィリップの背を一拍遅れで追いながら、コンパスの差というのは中々厄介だな、と思いながらサイラスの午前が終わろうとしていた。