「如風伝」第二部 二話

 皆は「わたし」に願いを告げる。
 自身のこと、家族のこと、お金のことや役目のこと。何でもかんでも皆は「わたし」の返答も待たないで願いを告げる。「わたし」は誰の願いも叶えない。願いの意味すら知らないから叶えようがない、というのが正しいのかもしれない。「わたし」に出来ることなど何もなくて、誰かを特別に助けることはもちろん、罰したり褒めたりだなんてどうすればいいのかも知らない。
 なのに皆は勝手に喜んだり、悲しんだり、「わたし」のことを恨んだり、有難がったりする。
 それがどういうことなのかも「わたし」にはよくわからない。
 ただ、今日もまた朝が来て皆の願いを一方的に聞かされて日が暮れる。
 そんな「わたし」の日常に「彼女」が現れた日から「わたし」はやっと世界と対面した。

  * * *

 西白国における城郭(まち)というのはその名の通り、城壁によって山野と隔絶された状態の都市部を指す。城郭に住まうものが飢えないだけの農地、人々が暮らす家屋、商いを行う市場や交易所、工匠が営む工場に行政に必要な官舎など必要な土地の割り振りはそれぞれの城郭によるが、原則的に城壁を閉ざしたとしても一年はゆうに暮らせるだけの機能を備えているのが一般的だ。
 戴文輝(たい・ぶんき)が現地調査の任を負い、半日の船旅を終えて足を踏み入れた沢陽口(たくようこう)の城郭もまたその原則を保っている。湖水に面した西側以外の三方を巨大な城壁がぐるりと覆う。その向こうは野獣の暮らす領域であり、旅人を除くと狩人ぐらいしか城壁を出るものは殆どいないというのが現実だ。
 十六もの突堤を持つ沢陽口の津(みなと)に降り立ち、文輝は二年前に見たときとそれほど差のない光景を視認する。文輝が立っているのが第一突堤で、ここは軍船だけが入港することを許されている。赤の軍旗を掲げた工部(こうぶ)治水班(ちすいはん)測量組の専用船を振り返ると、先ごろ入港したばかりなのに水夫たちは既にもう次の出港の準備を始めていた。
 その喧騒の向こうに第二、第三と突堤が続いていく。
 南側の半分が公のもので、北側の八つを商船と漁船で共同使用しているが、真ん中の四つ目を境に突堤の状態は急激に劣悪化するのを見たとき、文輝は心の底からこの城郭をもっと豊かにしたいと思った。
 四年前、初めて沢陽口に降り立ったときは衝撃しかなかった。それから二年が過ぎ、岐崔(ぎさい)に戻る為、再び足を踏み入れた城郭の姿がそれほど変わっていないことに小さな失望を覚えた。
 今、三度降り立ったこの城郭もまた劇的に変化しているわけではない。寧ろ、二年前の面影を強く残していて変革というのは急激に進んだりしないのだということを文輝に伝えた。
 湖水の匂いが鼻腔に広がる。岐崔と同じ水の匂いなのに、沢陽口の匂いはいつでも少し苦い気持ちを想起させた。その、ある種の生臭さを振り払うように文輝は柯子公(か・しこう)を促して庁舎のある区画へと歩き始める。駆け出しの官吏――初校尉(しょこうい)である文輝の為にはまだ馬車(くるま)や籠(かご)は用意されないから、徒歩で移動するほかなかった。城郭の様子をよく見るいい機会だ、と子公が言ったがその実、彼には今更、沢陽口の景色に学ぶことなどないことを文輝は知っている。
 ここは、青東国(せいとうこく)を出た子公が西白国で国官の登用試験を受ける為に学び、働き、暮らした城郭だ。
 だから、子公の言葉は真実、文輝の為だけに紡がれたのだということも、文輝は知っている。
 知っているから、文輝は西白国ではごく一般的な石畳の街路の上を歩いた。
 津を離れても喧騒はまだ続く。寧ろ、ここから先の方が城郭の中心地で、今日の旅籠(やど)もその一角にある。
 後背へ消えていく津で陽はまだ高いのに、水夫たちが慌ただしく作業に追われているのには律令の存在があった。岐崔・眉津(びしん)と沢陽口間を結ぶ船便には律令により最終の出港時刻が定められている。夜間の航行は原則的に禁じられるため、相互の津において入港時刻が日暮れを過ぎることが予想される時間帯には出港出来ない。文輝が乗ったのは今日の午前半ばに割り込んだ臨時便だ。工部治水班預かりの船便は岐崔の水夫たちで航行される。文輝たちと違って沢陽口に泊まるつもりがないのならば、一刻でも早く眉津へ向けて発たなければならない。
 四年前の文輝は水夫というのは皆、身分があり、きちんとした職業であると思っていた。岐崔に漁民はいない。魚を食べたことがないなどとは言わないが、その魚がどうやって文輝の口に入るのかを考えたことはなかった。そんな当たり前のことを知ったのが四年前のことだ。沢陽口で水揚げされた食用魚が岐崔に運ばれて、文輝たちが食する。沢陽口の漁民――というからには民であることを文輝は認知していなかった――の暮らしは決して易くはない。右官府に属する水夫たちとは一線を画した存在であることを動乱の後にようやく理解して、自らの世界の狭さを今一度嘆いた日から文輝は魚を食べる度に自戒する。この魚を獲る為に民は七難八苦しているということを何度でも何十回でも胸に刻んで、彼らの暮らしが本当の意味で豊かになる日まで、文輝は足を止めないと自らに誓った。
 だから。

「子公、お前どう思う」

 今朝方届いた伝頼鳥(てんらいちょう)のことを思い出す。
 深紅の料紙に白墨で沢陽口の違和について言及していたあの筆跡には心当たりがあった。十七の年に九か月だけ見ていた、憧れの筆跡だ。
 始業を告げる鐘が鳴った後、歩兵隊の執務室で「それ」を見た瞬間、文輝は頭が真っ白になった。何故とどうしてを無限に繰り返して、理論は不可能を示す。なのに、どう見ても、文章自身が持つ筆者の性格も文輝にその解以外を示さない。
 それでも、文輝は知っているのだ。
 文輝が無意識的に選び出したその解は「絶対に」あり得ないのだ。
 何故なら、文輝が筆者であると判じた「才子」――陶華軍(とう・かぐん)の心の臓を直刀で刺し貫いたのは他ならない文輝の両手なのだから。あのとき、華軍は確かに死んだ。手の込んだ自死と卑屈に嗤っていたが華軍はあの日確かに死んだのだ。武官を志す割に決意の弱い文輝の両手に人を殺める痛みを刻みつけて、華軍はこの世を去った。
 その、華軍のものとしか思えない筆跡を見て文輝は今、まさに混乱の渦中にいる。
 文輝もまた死線を彷徨い、ふた月の間意識が戻らなかった。その、暗闇の中で華軍に出会ったような記憶があるが、どうしてももう二度と鮮明に華軍の面影を思い出すことが出来ない。
 なのに。
 文輝の両手は生温かい感触を今でも覚えている。
 覚えているから、文輝は慌てて厠に駆けた。生理的嫌悪から臓腑の底から苦いものがこみ上げてきて、今朝食したものを全て吐瀉した。それからというもの、現在に至るまで文輝の喉の奥は焼けるような痛みを伴っている。
 文輝の異変を察した上官――歩兵隊第五班の班長が気遣う言葉をくれたが、文輝はその温情を推してここにいる。人を守る為に人を殺めるのが武官の生業だ。人を殺めた罪悪感を思い出して、戦わずして負けるなどというのは武官として最大の恥に当たる。それと知っているから文輝は上官の気遣いを――逃げる、という選択をしなかった。今ここで踏み止まれないのなら、文輝には武官など務まらない。わかっていたから意地を張った結果、上官は更なる最大級の温情をかけてくれたのだろう。
 文輝の預かる五組は明日渡河する予定となっていたもう一人の初校尉がまとめて率いてくれる。だから、文輝は子公と共に先んじて沢陽口の調査に向かえ、と言われた。
 その言葉に甘えて、文輝は午前半ばに割り込んだ臨時便に乗って湖水を渡り、ここにいる。

「どうもこうも。過去の感傷に引きずられている貴様にかけるべき言葉など私は持っておらん」
「感傷、なぁ」
「違うとでも言いたげな顔つきだな」
「感傷で片付けていいのか、俺には判断出来ねぇんだ」

 文輝の直感は違和を告げる。
 華軍が生きているのなら会ってみたい、というより何らかの不測の事態が起こっているのなら速やかにその事実と向き合うべきだ。その思いの方が強い。十七の文輝の感傷がどうであるかというよりも、一人の国官として危機を見過ごす愚を犯したくない。もう二度と、あの日のような思いはしたくなかった。
 変えられない昨日を知って、変えられる今を知った。
 今、何かに気付いたのならばまだ間に合うことがこの世界には数えきれないほどある。
 だから。
 疼痛が止むことのない胸を抑えつけて、それでもなお曇ることのない希望を榛色に灯して答えると、隣を歩く子公が不意に優しげに微笑んだ。

「では文輝、一つだけ教えてやろう」
「何だ? 子公」
「貴様の直感は貴様が思っている以上に正確だ。信じろ」

 文輝の言う陶華軍のことは子公も文書上理解している。
 それでも、子公は陶華軍と面識もなければこの国に遍く埋もれている「才」と「才子」のことも未だ理屈の上でしか理解していない。その、子公をして深紅の料紙は違和を訴えた。文輝が違和を訴えているのならなおさら、深紅は精査されるべきだろう。
 子公はそこまでを言外に含ませて断定する。
 その紫紺にもまだ翳りはないが希望に満ち溢れているわけでもない。
 ただ、事実を事実と捉え現実と向き合っているのだと察して、文輝は人混みの向こうへと視線を遣った。連綿と続いていく今日を生きている営みを守るのが武官としての務めだ。断罪が可能なほど秀でていないとしても、守るべきものを抱えて刃を曇らせることは出来ない。そのことを今一度確かめた文輝の軍靴は前に向かって歩き出す。行こう。まずは伝頼鳥を飛ばしたのが誰かを確かめなければならない。
 沢陽口の行政府庁というのは城郭の南東に位置する。外周よりは幾分低い内周の壁に沿って造られた二階建ての木造の庁舎には必要最低限の機能しかない。壁の向こうは農民たちが耕作する田畑が一面に広がっており、今の季節であれば水稲の類が風に葉をなびかせている。
 緑の細長い葉の上を風が渡っていく様はまるで風に形を与えるようで、件の伝頼鳥を差し出した通信士を探してもらう待ち時間を消費するのにこれ以上ない暇つぶしとなった。幾重にも幾重にも風が渡っていく。あとふた月ほどで水稲の実は成熟し、たわわに実っては頭を垂れるのだと右官府付きの女官が教えてくれた。水稲の栽培において、今の時期にすべきことは水の管理だけだと言う。では夏の間、農民たちは何をしているのか、と女官に問うと街中にあるそれぞれの町屋の敷地で野菜を作っている、という返答がある。岐崔の城下ではそうではないのか、と不思議そうに女官に問い返されたが残念なことに文輝はその解を持っていない。おそらくこちらと似たようなものだろう。そんな曖昧な返答で誤魔化していると折りよく文輝の名が呼ばれる。どうやら通信士についての調べが付いたようだった。

「それで? この文はどなたが」
「大変申し上げにくいのですが、該当者がおらぬようです」
「おらぬ、とは?」
「率直に申し上げますと、沢陽口から発せられたという前提自体が何かの手違いであるのではないか、というのが当局の見解です」

 遠路はるばる沢陽口までお越しいただいたにも関わらず大変申し訳ございませんが、当方ではそのような鳥を発したものはおりませぬ。言って庶務官は文輝が携えてきた深紅の料紙を手渡すと彼本来の業務に戻ってしまった。おい、も、待ってくれ、も何も聞く気がないらしい。黙々と書簡を記す作業を続けていて文輝の方を振り向くことはとうとうなかった。
 手違いというのが何かの手違いではないのか、と食い下がろうとした文輝だったが子公がそれを無言で制止する。手間を取らせた。それだけを言い残して軍師の腕力ながらも文輝を引っ張って歩き出してしまった。ここで物別れになる意義が見出せず、文輝は渋々ながら子公の後に続く。二階にある庁舎の表口で文輝は子公を呼び止めた。このままおめおめと引き下がるのか。違和があればそれを信じよと言ったのは他ならぬ子公だ。なのに今の態度は何だ。その義憤が文輝の口から飛び出すと、子公はとうとう大きな溜め息を吐き出してしまった。

「打って響く相手かどうか、判じることも出来んのか貴様は」
「けどよ」
「あの者の中では貴様の違和などもう既に終わったことなのであろう。府庁のものに心当たりがおらぬのであれば、やはり市井の才子が発した可能性の方が高い。日が暮れぬうちにそれとなくまじない師を当たった方がまだ建設的であろう」

 貴様が本当にこの文が沢陽口から発せられた、ということを疑わぬのであれば、だが。苦く含んで子公はそう結んだ。文輝の直感を信じたいという気持ちがそこにはある。それでも、庁舎にいても今以上の成果は得られないだろう。であれば、この場所に長く留まることに意味はない。日が暮れてから人を探すのは至難の技だ。わかっている。ここは岐崔ほどではないが城郭の一つだ。たった一人の才子を探し出すのは砂の中に落とした砂金を見つけるのに等しい苦行となるだろう。それでも、班長は文輝を信じたから半日の猶予を与えた。明日、本隊が到着した後は文輝もまたその指揮下に戻る。単独行動が許されているのは今日のうちだけだった。

「文輝。経験から言おう。信天翁(あほうどり)を訪ねていくのが最も理に適っている」

 それが子公の示した最適解だ。国官登用試験を受けるにあたり、沢陽口の城郭で暮らした経験が子公の提案を裏打ちする。合理主義者である子公はとにかく無駄を嫌った。その子公が言うのだ。何かの勝算があるのだと文輝も察する。

「えっと、何だっけ。この城郭の才子の総元締め? だっけ?」
「幸いなことにこの城郭の才子は組織として系統化されている。才子のことは信天翁が何か知っている筈だ」

 誰が今、どこにいて何をしているか。その次元で才子の才の所在が把握されている。そういう統制の取れた城郭だからはぐれものがいるとしても信天翁なら認知しているだろう、と子公は言う。自らの副官の提案を頭から否定しなければ保てない威厳など端から持ち合わせていない。文輝は子公の案に乗ることを即諾する。
 ただ。

「で? その信天翁ってのはどこにいる」
「観測所だ。日中は東山の中腹の四阿(あずまや)で才子の様子を観察している」
「東山って……そりゃまた物好きな」

 沢陽口で言う東山とは城郭の東側に位置する内輪山の一部を指す。内輪山本体よりは標高も低く、斜度も小さい。それでも山というからには山であって、野獣や人ならざるもの――怪異も出没した。東山の西側の途中に造られた東外壁の内側はかろうじて安全が保障されているが、山である以上逃れられない宿命がある。

「あと数刻で、登って降りてくるのかよ」
「仕方があるまい。物好きでもなければ才子の総元締めなど引き受ける道理があるまいよ」

 山に登る体力がないだとか言わずに済むぐらいには文輝にも右官としての素養があった。暇さえあれば鍛錬に励んできたこの体躯が今更登山ぐらいでどうにかなる筈もない。そうと決まれば市中で管を巻いていても何の利もない。山を登るぞ、と子公が方針を決定する。文輝の中に不安要素があるとしたら、子公の体力なのだが、そのことについて当の本人は何の危惧もしていないようだった。最悪の事態になれば子公一人を背負って山を降りればいいだけだ。そう判じて文輝は子公の策に乗る。
 丁寧に敷き詰められた石畳は四阿まで続いているという。人の流れは市場を中心に動いていて東山に近づけば近づくほど閑散とした。若葉が少しずつ色を濃くしている。暦は今年も後付けで夏を告げるだろう。夏山に登るには工部山岳班が認定した管理者である山師を伴うことが義務付けられている。そうなるとたとえ右官といえども好き勝手に山に出入りすることは出来ない。後付けの暦に感謝するべきか。そんなことを考えているうちに藍色の瓦の山門が見えてくる。門番はいない。城郭の中にある山門だからだろうか。疑問に思って子公に問うと普段はいる、との答えがあって文輝の焦燥感が加速度的に増した。

「子公、『登ってもいい』のか、これは」
「その目で確かめずして納得も出来ぬくせに訊くな。『登るしかない』のではないのか」
「山門を無断で出入りするのは律に反するだろうが」
「ぐだぐだと行かぬ理由をこじつけるな。『山門を守るべきものがおらぬ』責と相殺であろうよ。だが敢えて誰かの言葉が必要であれば言ってやろう。登れ、文輝」

 律令は既に遵守されていない。にも関わらず沢陽口のものがそれを後ろ暗く捉えている様子はない。これがこの城郭の常であるのならば文輝は別の報告をする義務があったが、多分、そうではないだろう。この山道の先で何かが起こっている。確信にも似た直感があったから文輝は子公を置いて石畳を駆け登った。
 文輝が今、腰に佩いているのはただの直刀だ。四年前、一本目の直刀を打ったのと同じ刀工に打たせた、ただの片刃の剣で得物としては可も不可もない。四阿までの間に野盗の類が跋扈しているのだとしても、文輝一人で斬れるのは精々四、五人が限度だろう。それ以上は直刀の方が持たない。門番が出仕していないのか、山中で起きている「何か」に対処しているのかどうかを判じる術はないし、文輝は真っ当な九品(きゅうほん)だ。まじないの才もない。
 ただの兵部歩兵隊の初校尉の分際で何が出来るのか、ということには些か不安が残る。
 それでも。明日の朝には上官が到来する。それまでに文輝の成し得ることは成しておかねば、信を受けた意味がない。いや、そういうことでもないのだろう。文輝は自らの目の前で再び御し難い「何か」が起こることを忌避していた。何もない。ただの気のせいだ。その結果が欲しくて沢陽口まで来た。
 なのに。
 何かが起こっている、という感覚だけが鋭敏になる。全身の感覚器官を総動員して文輝は更に石畳を駆けた。異臭に気付いたのは山道の斜度が幾分上がってきてしばらくした頃のことだ。緑に萌える斜面からはまだ四阿が見えないが、下界を見下ろすと沢陽口の城郭全体、ひいては津の突堤が遠くに見える。異臭、というのも最初のうちはただの土の匂いだろうと思っていた。植物が倒れ、朽ち、そして土くれに戻るときにこういった匂いがすることはままある。それらに似ている、と思っていたが石段を登るにつれ、濃度が高まった。一息吸い込むごとに肺腑の奥が腐れ落ちていくような感覚がある。本能がこれ以上の前進を忌避する。それを抑え、石段を更に登った。子公の姿は既に捉えられなくなって久しい。石段のあちこちに隆起が見られる、と気付いていたが別段気に掛けるほどのことでもないだろうと前に進んだ。文輝の耳に小さく、何かが弾ける――あるいは途切れるような音が聞こえるのに気付いたが視覚はまだ違和を捉えない。外輪山を越える頃、これに似た音を聞いたことがあるのを不意に思い出した。みしり、と何かが軋む音がする。これは――山崩れの前兆だ、と気付いたときには既に文輝は四阿のあるであろう場所の一歩手前まで登っていた。朱塗りの柱、細やかな意匠の施された扁額、そして東方守護を意味する藍色の瓦の残骸。それらを呑み込んでいるのがただの山崩れでないことは明瞭だった。なぜなら――山土は決して胎動したりなどはしないのだから。
 岩石の一部が蠢いている。脈打つように伸縮を繰り返し、刻一刻とその浸食が拡大していた。流土に似た匂いの中、鼻腔を突く酸い匂いが何であるか、の解を得た瞬間、文輝は踵を返していた。そして全力で山道を駆け下りる。
 土石流に襲われたようにしか見えない、無残な光景に委縮したのではない。
 これは――怪異である。文輝と子公の二人の手には余るのは明白だった。岩土のようにしか見えないが、あれはれっきとした怪異であろう。天の理からも地の理からも、果ては人の理からも外れた存在を大別して怪異と呼ぶ。人知の及ぶところではなく、何の戒律をも超越するのが怪異だ。怪異を前にして人が出来ることはあまりにも少ない。一部の才子たちの間には対抗し得る――怪異を退けるすべが口伝されているそうだが、この四阿のあるじにそれはなかったのだろう。土石の波が文輝の接近に気付くや否や、標的と捉える。石段を流れ落ちるように怪異は文輝の後を追ってきた。この土石に呑み込まれれば最後、文輝は東山の一部となり果てるのは自明。となると全身全霊をかけて逃げ降りるよりほかの選択などない。
 九十九折(つづらおり)を三回ほど必死に下ると副官の姿が遠くに見えた。文輝は腹の底から叫ぶ。

「子公! 下れ! 怪異だ!」

 知識の上だけで知っている。これは石華矢薙(せっかやなぎ)と呼ばれるもので、どうにも信じがたいが石土ではなく、植物の怪異だとされている。やなぎ、という名が体を表している通り、この怪異の本体は柳であり平時であれば山林の奥で密やかに生まれ朽ちるのだそうだ。酸性の香りは矢薙の花の香であり、数百年に一度の繁殖期に一斉に芽吹くという。それが今、咲いているのだろう。
 ならば今が繁殖期か。
 そんなことを考えながら、文輝は山道から外れて斜面を直滑降した。後背からはなおも矢薙が追ってくる気配がある。
  
「文輝、私の足では追いつかれるぞ」

 貴様と違って脚力は些か心もとない。追ってくる石土の流れから必死に遠ざかろうと子公は全力で下山しているが、その言葉通り矢薙との距離は縮まる一方だ。このままでは遠からず土石に埋もれて窒息死となるのが目に見えている。
 文輝は右服の懐に手を入れ、それを引っ張り出してきた。細い竹を薄く削った子どもの玩具のようにしか見えない小さな笛だ。

「ってことはこいつの出番だ」
「気笛(きてき)か。貴様にしては気が利いたものを持っているではないか」
「使わねえに越したことはないんだが、大義姉上(あねうえ)が差配してくださったものを無視するわけにもいかねえだろう」

 気笛、というのは朱氏伶世の治世で始まった才子とまじないの新たなる在り様の一つだった。官吏ばかりが才を使おうとするから軋轢が生じる。伶世はそのように考えたのだろう。民間にも広く、才子の存在が受け入れられることを願って伶世は様々なまじないを世に送り出してきた。
 竹のように見えるこの笛は実は才子の織り上げた料紙で成り立っており、原理は伝頼鳥のそれと大きく異ならない。才の有無に関わらず効力を発するが、使用は一度に限られる使い捨てのまじないだ。料紙の種類や才子の才量によって価格が変動し、市井でも広く流通しているが、文輝が義姉である黄玉英(こう・ぎょくえい)から渡されているのは高額な気笛にあたる。
 このまじないであれば一吹きで大人二人程度を軽々と運ぶことが可能な風切鳥(ふうせつちょう)を編み出すことが出来るだろう。矢薙は地を這う怪異だ。中空を舞えば当然それ以上の追撃からは免れる。玉英がこのような窮地を察して差配したのかどうかは不明だが、今、文輝と子公を救えるものがあるとしたら、それは多分気笛だけなのだということを二人ともが察していた。
 土石の濁流が石段を滑り落ちてくる。九十九折を必死に駆けている子公の右服の襟首を掴んで、そうして文輝は子公の体躯を中空へと放り上げた。それと同時に気笛にひゅっと息を吹き込む。音がするや否や気流が絡み合い白色の鷲の姿を形取る。顕現した風切鳥は文輝の意思に従う。宙に浮いた子公を器用に背に受け止めると、山肌から跳躍した文輝の腕を脚で捉えて中空高く舞い上がった。矢薙の追撃は文輝の読み通りそこで終わる。二、三度現場の上空を旋回すると、標的を失った矢薙がずるずると四阿の方へ後退していく。石段の不自然な隆起と門番の不在の大まかな原因はこの怪異によるものだろう。そこまでを結論とし、信天翁に会うのは事実上不可能だという解を得て文輝は風切鳥を城郭の中心部へと向けて飛翔させた。
 風切鳥の背に跨った子公が沢陽口を見下ろしながら言う。

「黄老師(せんせい)のなさることは本当に無駄がない」
「……お前、俺以外には普通に敬意あるのな」
「何を言う。貴様にも敬意を持っているだろう」

 でなければ今頃こうして言葉を交わしていまい。言った子公の声音は硬質一辺倒だったが、その分真実味を帯びている。青東国の貴族というのは気位が高い、という評は西方大陸まで遠く聞こえ来る。文治国であるがゆえに学があり、弁舌に長けているのが常だとも聞いた。その中で、子公がどの程度の位階の貴族だったのかは文輝が知るところではない。話したくなればいずれ子公が自ら語るだろう。そう思って二年が経った。文輝は未だ「貴様」呼ばわりだが存在を拒絶されることも無視されることもない。何らかの価値があると判じられている。それだけがわかっていたから、文輝は子公の好きにさせた。文輝が持たない知を持ち、それを適切に采配するのであれば文輝にとってもまた価値がある。
 だから。

「まぁいいか」

 文輝には今「赦す」という概念がある。無礼を不敬を無知を許す心があればこそ、文輝の身は少しずつ昇進した。己の誇りなど些末なものだ。そこに拘泥したところで事態が好転するとい確約はない。なれば、文輝は一つのことを学んだ。目の前にあるものを受け入れ、認め、そうして「赦す」。不如意も不手際も未熟な己自身すらも許して、文輝は前へ進むことを選んだ。
 明日の空を知るものはどこにもいない。
 人は皆、今日だけを生きている。白帝ですら明日の景色など知らないだろう。それをして人の身で未未来を望むなど過ぎたることの最たる例だ。今を生き、昨日を紡ぎ、明日に至る。
 
「怪異というのは実在するのだな」

 白い鷲の背中に跨った子公が沢陽口の上空でそんなことをぽつり呟いた。怪異というのは西方大陸にしか発生しない自然現象である、と子公がかつて語った。四方大陸は天帝――四柱の大神の庇護をそれぞれに受けている。天帝は天龍とも呼ばれ、神の系譜としては至極単純だ。神祖・黄帝の四人の子が四方大陸を黄帝から割譲され、その直系にあたる神々が代々守護を司っている。
 天帝は代替わりをするごとに神としての力を失う、とこの世界で住まうものは皆知っていた。西方大陸の庇護神・白帝は三度の代替わりを経験し、現在は四代目の龍であるというのが世界の通説だ。幼子ですらおとぎ話でその神話を聞く。神としての力を欠けば当然、庇護も弱まり人々の信仰心は薄れる。神などおらずともいい。その感情を断ち切る為に天帝は皆、代替わりの際に天仙を招き入れた。天仙というのは天に仕える仙であり、人理を越えた立場から天帝の補佐を務める。二十四白、というのがそれだ。白帝は自らの権威を保つ為に二十四もの天仙を要した。
 それに引きかえ、子公が生まれ育った東方大陸の庇護神はまだ一度しか代替わりをしていない。六華青(ろっかせい)と呼ばれる天仙はその名の通りたった六で天帝を補佐する。その大神に守られた青東国において怪異の発生などは迷信や訓話の類程度の認識しかない。
 子公が西白国の民に対して信心が過ぎる、と感じたのは無理もないことだっただろう。沢陽口ほどの城郭ですら家々に護符がある。天災と同様に怪異と遭遇した際の心構えなどが伝わっている、とあればよほどの臆病か、でなければ過ぎた信心であると判ずる他ないのは道理だ。
 西白国の地に流れ着いて四年。子公が怪異と出会ったのは正真正銘、今が最初だ。
 しかもこの天災級の怪異の発現に驚かない筈などないだろう。
 文輝は大鷲の脚にぶら下がりながら、自らの副官が本当に異国の民であったのだということを実感した。

「安心しろ。あの手の怪異がそうそう日常に転がってるわけじゃねえさ」
「貴様は動じておらんようだが?」
「石華矢薙を見るのは正真正銘、初めてだ。けど、怪異を一度も見ることなく大人になる、なんていうのは主上であっても難しいだろうな」
「首府にも怪異はあるのか」
「一番可能性が高いのは『時忘れの華』だろうな」

 怪異というのは概ね名が体を示す。時忘れの華、というのは人畜無害な怪異でただ時季外れに花を咲かせる。天然の樹木の狂い咲きとの線引きが困難で、ともすればただの自然現象だと見過ごすことすらある。西白国における怪異、というのは概ねそのような存在だ。
 中空を大鷲はゆっくりと進む。風切鳥はその性質から、飛行出来る高度が才子の力量によって決まっていた。文輝たちを載せた大鷲は人が呼吸出来る空域の最も高い場所を飛んでいる。今、子公の双眸には沢陽口の城郭の全容が見えているだろう。

「この城郭は狭いように見えるが存外広いのだな」
「まぁ、ある意味じゃここも城下の一部だからな。あまりに狭くっちゃ無用な混乱が起きるだろ」
「地を歩いているときはそうは感じなかったがな」
「そりゃお前、便利なところで寝起きしてたんだろ。官吏ですらこの城郭の隅から隅まで歩くような酔狂はいねえさ」

 暗黙裡に他者の立ち入りを拒んだ区画。真っ当に生きていれば立ち寄ることのない場所がこの城郭には幾つもある。それでも、その区画でも生きている民は存在して、城郭の一部として子公の目に映っていた。普通に生きていればそれを知ることもない。無意識下で排斥された区画、だなんて西白国では珍しくも何ともないことをそれでも文輝は知っていた。

「差別のない国だ、と聞いていた」
「奇遇だな。俺もお前の国をそういう風に聞いてる」
「貴様は本当に期待に副う男だ。『私の国』は貴様の愛してやまないこの国だとどうしても聞きたいように見える」
「そういうわけじゃねえさ」

 ただ、文輝はこの四年で知ってしまった。
 理想を謳ったこの国にも差別や偏見や身分の上下や敬遠が確実に存在していて、文輝は生まれながらに天に愛された存在であったことを知ってしまった。
 多分、子公も文輝と同じ側の人間だろう。立ち居振る舞い、言葉の選び方、物ごとの考え方や捉え方が彼の生まれの良さを如実に物語る。誠実であることは大国であれば美徳の一つなのだということを子公の存在が裏打ちした。大国であれば人の心は豊かに育まれるが、日々の生計に困るような小国で理想を唱えてもただ野垂れ死んで終わりだ。
 理想を抱いている。人々が皆幸福で祝福される国を描いている。それだけで十分に文輝は子公という人間の美徳を感じられた。

「人と人を比べりゃ上下が出来る。上下がありゃあ当然感情が起伏する。人を妬まずに生きろってのはずっと地べたを這って生きろってのと大して差がねえんだろうよ」
「羨望が向上心を生み、それが国を生かすと言わんばかりだな」
「上を見りゃあきりがねえ。下を見りゃあ安心する。人の世の真理の一つだ」

 見下したその「下」になることを恐れて人は我武者羅に前進しようとする。その感情を利用しているのが国家だ、という言い方も出来る。前進を失った国は緩やかに滅びの道を進んでいるのと同義だ。安定は決して悪ではないが、善でもない。ただ、留まっている状態が安寧かどうか、文輝はその答えを未だ知らない。
 文輝はあの日、安寧の岐崔と別離した。
 それ以来、文輝の目には差別と憎悪と羨望と欺瞞が矛盾なく映っている。人の持つ負の感情が人を走らせることもあると知って、文輝はただ善であるということの罪悪を知った気がした。

「それで? 貴様は何を妬んで生きている」
「そうさなぁ。多分、俺が妬んでる相手とはもう一生顔を合わすこともねえだろう」
「記憶の中で美化された過去を妬む、か。実に貴様らしい感傷だ」

 思い出の向こうに別離した旧友。一生に一人しかいない、親友で同輩。なのに文輝は彼女と対等であることすら出来なかった。
 その苦い記憶が時を経るごとに美しく輝いて文輝を責め立てる。
 感傷でない、などと大言壮語するほどには文輝はもう幼くはなかった。
 子公の言葉をそっと受け入れて、一生涯消えることのない憧憬を抱いて、そうして文輝もまた足元の城郭を見下ろす。市街を越え、突堤と湖水の青が大きくなってきた。
 もうそろそろ地上に戻る時間だろう。そのことに思い至ったらしい子公が鳥の背から問う。

「それで? この鳥はどこに向かわせている」
「――着陸許可を取ってねえのを今思い出した」
「――は?」
「だから! 風切鳥の着陸には! 役所の許可が要るんだが! 俺は! 誰にも! 申請してねえんだ!」

 気笛を使用するに際して取り決められた律令の諸々を思い出す。まじないの一つをただ人が行使するにあたり、役所は煩雑な手続きを定めた。でなければまじないは乱用され、結局のところ人々の暮らしを脅かす存在にしかならない。そうなれば才子は再び敬遠され、不要な差別を生む。互いが互いを尊重し合う為に、律令の存在は必要不可欠だった。
 ただ。
 文輝は風切鳥を使うとしても、まだ未来の出来ごとだと認識していたから何の手続きも取っていない。
 となると、当然着陸地点の確保も許可もない。
 そのことを若干の申し訳なさも感じながら子公に申告すると彼は大きなおおきな溜息を吐いて、心底呆れたように文輝を罵倒した。

「馬鹿か貴様は」

 どうするのだ。降りられないでは洒落にもならないぞ。言外に含まれたそこまでを聞き取って、文輝は大鷲の脚をぐいと引っ張った。
 市街に降りることは出来ない。風切鳥の圧で住居を損壊させる可能性があった。広さで言えば役所の中庭が最も適しているだろうと判じたが、そこに着陸すると事情聴取と始末書で向こう三日は拘束されるだろう。であれば、何の為に気笛を使ったのかがわからなくなる。
 最適解として一つの答えが文輝の脳裏に浮かんだ。
 最も問題が少ない方法だ。ただ、子公が文輝の案に同意してくれるとは限らない。
 それでも、風切鳥はどこかに着陸させなければならないのだから、文輝は腹を括った。

「子公、青東国は水の国だったよな」
「そうだが?」
「お前も泳げると思って――っていうか信じて着水する」
「ああ、そうだな。時候的にも問題ない。そうせよ――などと言うと思ったのかこの大馬鹿もの」

 右服は着たまま泳げる構造にはなっていない。そんな苦情が頭上で幾つも綴られるのを聞きながら、腹を括った文輝は風切鳥の高度を下げ始めた。眼下の城郭が少しずつ大きくなる。

「選択権とかねえんだよ。行くぞ。十数えたら着水する。十、九――」

 八、七。そうしてきっかり零の瞬間に文輝と子公を載せた大鷲は湖水に溶けて消えた。