馬車街間の街道に出没する野盗というのは実は珍しくない。旅をするものは大別して二種類に分かれる。旅をするだけの富のあるものか、あるいは街に留まることも出来ないほどに貧しいものか。
貧しさから街道上で暮らすもののうち弱いものは浮浪者となり、ただ死を先延ばしにして流れるだけだ。だが、力あるものはその腕っぷし一つで野盗となり果てる。旅人から物資を奪い、それを日々の生計(たつき)と化したものが古今の歴史の中に数えきれないほど多く存在する。
彼女は——フーシャ・タラッタラントはハルヴェル近郊の馬車街を根城にする二人組の野盗の片割れで、野盗とは言うものの義賊に近い存在だ。義理人情を重んじ、筋を立てる。リアムが隠している出自について知っているわけでもないだろうに、フーシャは何だかんだとリアムの妹分を気取ろうとする。それが彼女の言う「リアムのアニキ」に凝縮されていた。
「えー? 俺を襲ったのがフーシャってことは、坊ちゃんの方って――」
「はい。僕です、リアム兄さん」
フーシャとは正反対に小柄でまるで少女のような可憐さを持ち合わせているのがターシュ・タラッタラントだ。近接戦闘の得意なフーシャと短弓による援護が得意なターシュの組み合わせは二人で行動するからこそ噛み合うのであり、単独行動でも格下の相手ならば十分に通じるが、今のように分散して戦うと不利になることも多い。
「ターシュぅぅぅ……お前、相手襲うときはちゃんと選べって言っただろ」
一見、騎士として細身に見えるシキだが、ソラネン騎士団では体力馬鹿の異名を取る。細剣使いで非力と侮ったのだろうが、ターシュは両手をがっちりと後ろ手に捕らえられて連行されてきた。抵抗も無駄と察したのか、抗うこともなく、大人しくしているのがターシュの性格を示していた。
「すみません、兄さん。でも僕なんかに姉さんが止められるわけがないんです」
しおらしく謝るターシュの視線の先には不貞腐れたフーシャがいる。リアムは溜め息を零して、心を鬼にした。自分比で三割増の勢いでフーシャに説教をすることを決める。この自由人たちを縛れる法律はどこにもない。それでも一般的な道徳を説かずにはおれなかった。
「フーシャ! お前、またターシュの話、聞かなかったのか!」
「――フン。テメエの縄張り荒らされて怖気づいてちゃ盗賊なんかやってらんねえんだって何回言わすんだよ、アニキ」
「そうやって分別なく人を襲ってたら、そのうち野盗討伐の依頼が出ちゃうんだからな?」
そう思うなら貴様が今ここで野盗討伐に名乗り出ればいいだろう、と顔面で語っているシキを無視して説教を続けようとしたリアムの出鼻をくじいて、フーシャが不機嫌そうにゴーグルを外した。
「で?」
「何が『で?』?」
俺の話聞いてた?
脊髄反射で問いかけそうになるのを抑えて、手応えも虚しく霧散するのを感じながら、リアムは問いに問いを返す。
リアムに対してフーシャがこうも不機嫌な態度を取ることは少ない。決して嫌われているわけではないだろうと思っていただけに、いざ、嫌悪感をあらわにされると戸惑ってしまった。
魔力を持たない王子としてシジェド王国の為に出来る何かを探して流離ったこの数年。フーシャとも殆ど毎年のように顔を合わした。その中にこの不愉快をあらわにした表情は一度もなかった。
出自についての秘密を知ってしまったのか。それとも団体行動でフーシャの縄張りに来てしまったのがよくなかったのか。色々な可能性が脳裏を過って消える。
そんなリアムとは裏腹にフーシャはリアムの背中の向こうをずっと見ていた。
ずっとずっと遠く。山林の向こうを見ている、と知ったのはフーシャのぶっきらぼうな声が聞こえてからだった。
「あのモヤシみてえの何なんだよ、アニキ」
「モヤシ? ああ、セイなら俺の友達だ」
「ベルローズがここにあるってどうやって知った?」
「えっ?」
「アニキが薬に疎いのは今に始まったことじゃねえけどよ、ベルローズは貴重な植物なんだ」
だから、あんな馬鹿みてえに摘まれると他のやつが迷惑すんだ。
わかっているのか、と問われてリアムは一瞬、自分の頭の中が真っ白になったのを感じる。
薬の価値も、植物の育成条件もリアムは知らない。知らなかったからこそ、サイラスの裁量に任せた。貴重な薬の材料ならきっとどれだけあっても困らないだろうとすら思った。その、認識が甘い、とフーシャが憤っている。
どうしよう。サイラスに相談した方がいいのか。今から止めても間に合うのか。理屈の整わない頭でいくら考えても結論に至る筈なんてなくて、リアムは混乱を極めた。そんな考える葦と化したリアムに近付いてくるものがあることすら気付かない。いとも簡単にシキに背後を取られて、後頭部を強か殴りつけられて初めて、二人で飛び出してきたことを思い出すぐらいだから、相当混乱していた。
「痛っ!」
「馬鹿か、貴様は。野盗の言い分を真に受けて何を悩んでいるのだ。貴様がこの依頼を引き受けると決めたのではないのか」
「それはそうなんだけど!」
でも、フーシャの言い分には一理ある。そう言おうと思った矢先、二発目の殴打が飛んでくる。それを躱すと間を置かずもう一発、反対側から拳が飛んできた。
どうあっても殴りつけてやるという気概を感じたが、それを諾々と受け入れられるほどリアムは被虐趣味ではなかった。拳を掌で受け止める。シキが久しぶりに本気の顔で怒っていた。