Fragment of a Star * 06:買い出し

「スティ。蒼の貴婦人はヒトと同じ食事が出来るのか?」
「あなたの目の前にヒトと同じ食事をしている魔獣がいるのを忘れていて? 当然、フィーナもわたしたちと同じよ」
「ではこのハチミツがけのフラップも無駄足にならずに済んだようだ」
「セイ、あなた、鍛冶屋通りまで行ったの? 聖堂前から随分と距離があってよ?」

 そうだ。その所為で戻ってくるのが少し遅くなったが、サイラスの知る限り貴婦人が食して喜びそうなフラップは鍛冶屋通りの店ぐらいしか心当たりがなかったのだ。
 ハチミツがけのフラップは食事というよりは菓子に近い。他の食事然としたフラップの中では奇異に見えるほどだ。そのフラップを真顔でサイラスが買ってきたのか、と思うとリアムは堪えきれなかったらしい。

「セイ、お前……ときどき、すごいと思う」

 女子の中に一人で行ったのか。本当にそれは凄い。
 などとひとしきり感心の言葉を投げかける隣でシキが眉間に皺を寄せる。

「ときどき? 傭兵、貴様、このソラネン一の逸材をときどきしか評価していなかったのか」
「だって……! 俺からしたらただの頭の固い友達にしか見えないよ」
「王子だか何だかは知らんが、我々のトライスターをそこまで愚弄するとは、貴様、余程殴られたいようだな」
「いや、寧ろ坊ちゃんがどうしてそこまでセイのこと過大評価してるのかが知りたいぐらい……でっ! 本当に殴るのかよ!」
「傭兵、貴婦人がお待ちでなければ今すぐにでも貴様を森の外に捨てに行きたいところだ。客人に感謝しろ」
「坊ちゃんさぁ、わかってんのかよ! 俺! 一応! 王子なんですけど!」
「だから何だ? 役にも立たぬ王子ならさっさと王都へ引き返すといい。俺一人でもトライスターの護衛は十分に務まる。寧ろ貴様が邪魔なぐらいだ」
「残念でしたー。セイは『俺と』旅がしたいんですぅー。だから、俺は外せないんだから、寧ろ坊ちゃんが妥協すべきだろ?」

 放っておくと無限にじゃれ合っていそうなこの二人をどうやって上手く御してカッソを連れ戻ってきたのか、どう考えてもスティーヴの手腕が冴え渡っているという結論以外が見つからずに今度はサイラスが笑いを堪えきれない。

「そうだな。二人とも。客人を待たせている。戻るぞ」
「騎士殿。王子様。遊んでいたいのならそこで気が済むまでいてもよくてよ。あなたたちのフラップはわたしとフィルがいただいておくもの」

 リアムの腕の中に納まっていた紙袋を再度サイラスが持ち上げる。そして何ごともなかったかのように宿に向けて歩き出した。超自然的な存在に対する懐疑やわだかまりが程よく解けているのをサイラスは自覚する。魂という存在が本当にあるのなら。流転を繰り返すのが定めなら。その答えは今、どうしても知らなくてもいいのではないか。そんな達観すら生じさせながらサイラスは土くれの道を歩く。
 若草色の紙袋を右手に持ったスティーヴの左手がサイラスの右手を引っ張って進む。
 置いて行かれた二人が異口同音に休戦を告げてサイラスたちを追ってくる足音がした。
 海神の守護を可視化した魔眼の力を開放すると、サイラスの目には見慣れた色彩が戻ってくる。少しずつ近付いてくる一行の宿屋の前で鷹の魔獣と天乙女が待ちくたびれているのを予想しながら、繋いだ手の向こう側にいるスティーヴのことをテレジアとは違う意味で大切だと思い始めているサイラス自身にはまだ気付いていない。
 藤の君との感動の再会を待ちわびすぎたフォノボルンが駆け出してくるまで残り数十秒。
 馬車街はゆっくりと昼どきを終えようとしていた。

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