Fragment of a Star * 03:道草の番人

 シェルジャン街道は王都・ジギズムントから貿易都市・ハルヴェルまでを結ぶシジェド王国内きっての長距離街道だ。サイラス・ソールズベリ=セイが暮らしていた学術都市・ソラネンもシェルジャン街道が結ぶ都市群の一つで、ハルヴェルに至るには幾つかの都市を経由する。
 サイラスがこの旅に出てからもうひと月が過ぎようとしていた。
 石畳が敷かれ、整備された街道の姿もソラネンから遠ざかるほどに素朴なものになっていく。馬車の轍がくっきりと刻まれた路面は土くれそのもので、ゆっくりと走る乗合馬車の後方には土煙が舞っていた。シェルジャン街道は馬車道としても知られ、乗合馬車の走行を妨げてはならないとされている。特に急ぐわけではないのなら、時折馬車を追い越すぐらいで十分に旅が出来る、というのはウィリアム・ハーディと二頭の魔獣たちの言だ。サイラスとシキ=Nマクニールはソラネンの外についてあまり知らない。最低限の知識はあるが、それを根拠に判断をするだけの裏付けはどこにもなかった。
 だから。

「傭兵。貴様、気付いているな?」

 今の馬車街から次の馬車街に到着するまでの間の路銀を稼ぐために、と引き受けた薬草採取の依頼のさ中、シキが不意に厳しい声を出す。シキにもリアムにも薬草の区別は出来ない。常なら野獣討伐の依頼を引き受けるところだが、今いる馬車街の冒険者ギルドでは薬草採取の依頼の方が二倍程度の報酬で掲示されていた。何か危険が潜んでいるのは自明だったが、あまりにも高額報酬だったのでリアムがこれを受けようと提案して今に至る。持ち合わせの薬草も確かに減っていた。既定の量を採取した後、自分たちの分も採取出来るなら、とサイラスは請け合ったが薬草の生えるという山林は陽光も射し込み、穏やかな空気を湛えている。昼行性の薬草の花々が咲き誇り、目的の量を摘むのにそう時間は必要ではなかった。
 採取用の布袋――肩からかける形式の一般にサコッシュと呼ばれる袋がどんどん膨らむのに夢中になったサイラスを置いて、リアムとシキが警護という体の休息を取っている。山林の中、この場所は開けており至近距離での警護こそ必要なかったが、二人とも周囲に気を配っていたらしい。
 山林の向こうから近づいてくる気配がある、とシキが指摘する。少し離れた場所にいたリアムもまた腰の長剣に手を伸ばす。どうやら敵意を放っているようだったが、サイラスはまだ薬草を摘むのに夢中だ。小声で段取りが整えられる。魔力を持たないリアムとシキが察せるということは相手は物理的に存在しているということだ。物理的に存在するのなら、物理的に排除出来る。
 リアムはそっと身を預けていた樹木から離れた。

「坊ちゃん。二人組だ。片方を任せてもいいか?」
「ならば互いに近い方を受け持て。トライスターはそのまま放置しろ」
「坊ちゃん、知らないだろ? 『ああ』なったセイは雷が鳴ろうと地割れが起きようと動じないんだ」
「残念だったな。既知だ。ソラネンではとても有名だった」
「あ、そ」

 ちぇー、俺だけが知ってると思ってたんだけどなぁ。軽口を叩きながら、それでも鋭い双眸でリアムが長剣を鞘から引き抜く。シキもまた細剣を抜き放ち、別々の方向に散開した。
 気配を察せられている、と気付いたらしい敵対者の方でも動きがある。サイラスの警護なら魔獣たちが引き継いでくれるだろう。信じたリアムは山林の中を駆ける。野盗だろうか。片方の影が木々の枝を器用に渡っていく。そちらはシキが対処するだろう。であれば、リアムは地上の敵を排除するだけだ。

「出てこないのならこっちから行くぞ!」

 山林の間に紛れながら移動する影にリアムが吠える。下草が揺れる音から、敵対者はそう遠くないと判じた。距離を詰める。リアムの長靴は傭兵たちがよく使うレンジャー仕様だ。足場が悪くても、しっかりと足を支えてくれる。体勢を整えるリアムの顔面に向けて何かが飛翔するのを目視したリアムは大地を踏み締めて長剣を振りかぶった。

「遅いっ!」

 金属と金属がぶつかる音がして、飛翔物はリアムの眼前で叩き落される。足元に転がったものを見ると、投げナイフで、この一投でリアムを本気で殺傷するつもりがないのを察する。ということはこの後、来る筈だ。身構えて四方に目を配る。リアムの頭上に影が射した、と思うと敵意が降ってくる。やはり来た、と思いながら刀身で受けた。荷重に思わず左手を長剣の峰に添えて耐える。体重で押し切ろうというのか、野盗の短剣が重くのしかかった。赤茶けた髪がゴーグルの下から見える。鼻先までかぶったマスクでよく見えないが、リアムは既視感を覚えた。
 あれ? この野盗は顔見知りのあいつじゃないか?
 そんなことを思いながら長剣を振り抜く。金属の摩擦音が山林の中に甲高く鳴って、野盗は器用に空中で受け身を取った。野盗にしては軽装すぎる装備も、得物の短剣もどこかで見た覚えがある。
 着地した野盗がすっくと立ち上がって吠えるのを聞いたとき、リアムはその既視感の正体を知った。

「リアムのアニキつったって、オレの縄張りで勝手なことをされちゃあ困んだ!」
「その声――! フーシャか!」

 成人男子の平均的な身長、その割に痩せぎすの体形。ハスキーだがきちんと艶のある声は野盗の性別が女性であることを告げた。その声音と喋り方には確かに覚えがある。リアムは顔を上げた。