Fragment of a Star * 03:道草の番人

 生活基盤を持たない以上、安定した収入など望めないし暖かな寝床も約束されていない。
 そんな彼女たちを一緒に連れて行ってリアムは何をさせようとするのか。全く心当たりはなかったが、リアムの「親切」は思わぬ形で成就することをサイラスは知っている。次に何を言うか、楽しみにしながら耳を傾けているとリアムは自信たっぷりの笑顔で言った。

「セイ、お前だったらセパレータ、作れるだろ?」

 セパレータを構成するのは物理的な金属ではなく魔術的概念だ。高純度の輝石の魔力を凝縮して情報を書き込む。その、超思念体とでも呼ぶべき魔力の泉の中に個々の情報が蓄積され、為政者は必要に応じて引き出す。シジェド王国はその超思念体の情報をもとに政治を行っているから、魔力を持たない王子では王位継承権を得ることが出来ない。リアムは生まれたその瞬間から、父王にとって何の役にも立たないという烙印を押されたと思っていた。
 サイラスは先日のソラネン攻防戦の結果、以前にもまして魔力の器が大きくなった。学院に所属している間にセパレータの生成手順も学んでいる。作れない、と返答するのは嘘にしかならないだろう。
 だから。

「公的権力の許可なきまがいものを作るのは大陸法に抵触するが? まぁ、お前の名を刻んでいいのなら、検討ぐらいはしてやろう」

 父王から無価値と判断されたと自虐の念に囚われ続けているリアムが王室の権威をこうも引き合いに出してくることは珍しい。本当の本当に父王から愛されなかったのならジギズムント伯の爵位を得ることすらなかったと彼は気付いているのだろうか。多分、心のどこかでそれに気付き始めているのだろうが、その自覚がないだけだ。時間薬という概念がある。時間が解決する問題、というのは現実に存在する。だから、あとは時が満ちるのを待つだけだ。
 そのときが来たら、リアムの背を押すのがサイラスの役割なのだろう。
 面映ゆい気持ちを抱えながら、サイラスは悪口を叩く。シキが「貴様ら、職権乱用という言葉を忘れようとするな」と溜め息を吐いていた。公的権力――魔力はないが王子には変わりない――と魔術に秀でたトライスターの学者。セパレータを生成する為の必要最低条件は揃った。あとは誰が腹を括るかだ。
 サイラスは彼の判断では責を負わない、と遠回しに宣言したのに肝心のリアムが快活に笑う。
 こういう、思い切りのいい馬鹿だからサイラスはリアムと共に過ごす時間に価値を見出していた。

「よーし、じゃあ二人分よろしくな!」

 摘んだばかりのベルローズを入れたサコッシュの一番底に輝石が幾つかある。鍵を施しているといっても荷物が盗まれないという保証もない。サイラスはある程度の輝石を常に持ち歩くことにしていた。純度も申し分ないだろう。作るのか? と表情で問うとリアムの笑顔が応える。それを蚊帳の外で見ていた二人の野盗は自分たちの埒外の会話に戸惑いを隠さない。

「アニキ! 待ってくれよ! 一体何の話をしてんだ、あんたたちは!」
「フーシャ、お前だってずっとこのままってわけにいかないだろ。だったら俺の野望を手伝ってくれてもいいじゃないか」

 そんな雑な依頼の仕方があるか、とサイラスとシキは苦い気持ちになったが、ウィリアム・ハーディというのは最初からそういう雑な立ち居振る舞いをする男だった。どれだけ王子だと暴露されても、どうしてもただの傭兵にしか思えない。だから、だろう。二人組の野盗たちはリアムの言う野望が何なのか、全く見当もつかない様子だった。
 頭が痛い、と思いながらもサイラスは成り行きを見守る。
 その背中の向こうで二頭の魔獣がヒトの姿に顕現するのを感じた。二人ともどうやらこの茶番劇の終幕を心待ちにしているらしい。
 観客が増えたことにも気付かない野盗姉弟は必死にリアムの誘いを断ろうと戦っている。
 この、厳しくもつらいぬるま湯が好きだ、と思う気持ちならサイラスも知っている。繰り返される日常から飛び出すのが怖くて、不自由な現実に甘えている。それが悪だとは思わない。サイラスはそう思わないのに、リアムにとっては重大な悪に見えているのが逆に愉快なほどだった。

「兄さん、僕たちはずっとこのままでも別に構わない、って言ったらどうするんですか?」
「そんな泣きそうな顔で虚勢を張ってるのにばれないとでも思ってるのか、ターシュ」
「僕たちは兄さんとは違います。僕たちが死んでも誰も悲しまないし、誰も困らない」

 本人に自覚はないが、リアムが愛されて育ったというのは誰の目から見ても明らからしい。リアムが死ねばシジェド王国中で悲しみの声が聞こえるだろう。それでも、リアムはいつでも孤独を感じている。フーシャたちと自分は同じだと本気で思っているのが言動に反映されていた。
 そのことにターシュが気後れしている。
 同じように不幸だと嘆いても、二人とリアムの価値が等しくないことを彼は知っていた。その、切なる悲しみを看破してリアムが静かに言う。リアムの背中のもっと向こう。虚空を見つめてターシュが吐き出した言葉にリアムは確かに怒っていた。

「もう一回同じことを俺の目を見て言ってみろ。俺は、お前たちが死んだら悲しいに決まってる」

 正面切って言えないような言い訳で、俺が納得すると思ってるのなら見くびるな。
 朗らかさが持ち味のリアムが怒ってもそれほどの威圧感はない。ただ、怒気は確かに感じる。放っておくと周囲をも巻き込んで盛大な自殺劇でも始めてしまいそうなのがリアムの短所だ。自分という存在をとても軽んじている。
 そんな感想を抱くサイラス自身もつい先ごろまでは似た者だったのだが、ソラネンの防衛を乗り越えた今は自らを滅したいと思わないぐらいには自己肯定の感情を抱いている。