Fragment of a Star * 03:道草の番人

 かつてサイラスが自己犠牲を信奉して刹那主義を気取っていたことをシキは知っている。彼の目から見てまだリアムと同類か、と視線で問うとシキは苦々しい顔をした。どうやら肯定したらしい。
 魔獣たちがサイラスの肩越しにくすくすと笑う。
 あるじどの、君たちは本当に似た者同士で寄り合っているね。
 そんな声が聞こえてサイラスは自由な魔獣たちを眦の端で睨み付けた。
 そう思うのなら放っておけ。小さく呟くサイラスの視界では今も、リアムと野盗たちの意地の張り合いが続いている。

「アニキには大事なオトモダチがいるじゃねえか。オレたちのことなんて放っておいてくれよ!」
「フーシャ。俺は俺の知ってる誰にも幸せになってほしいんだ」
「アニキと一緒に行って、オレたちに何が出来るってんだよ! オレたちは――」

 何も出来ない。城門をくぐることも、日の当たる場所を歩くことも出来ない。
 フーシャがそう、言おうとしているのをサイラスは感じた。弁論の戦いならサイラスに分がある。説得工作になら、サイラスも手助けが出来るだろう。
 誰も望んでもいない助け舟を出す。

「出来るのではないか? 盗賊からいきなり聖職者に転職しろと言っているわけでもあるまい。お前たちなりの方法でこの馬鹿を手伝ってやることが出来るのではないか、と私は考えるが」
「モヤシ! テメエは黙ってろ!」

 出された舟が木舟か泥舟かすら判じられずに沈む。沈めた、と思っているのはフーシャだけで、弁論を拒否されたぐらいでサイラスを封殺出来ると思っているのなら、それは甚だ遺憾だとしか言いようがない。
 言葉の世界で、サイラスを封じられるものなど、この世界には決している筈もないのだから。
 同じ話題を引きずり続けて得られる益、というのは実はそれほど多くない。
 だから、サイラスは何でもないことのように話題を振った。お互いが冷静さを取り戻さなければ結論は出ないだろう。その冷却装置の一つになることをサイラスが買って出た。

「それで? 取り敢えずセパレータ云々は一旦棚上げするが、ベルローズの繁殖出来そうな場所を教えてくれないか? 摘んだ茎がしなびるまでに挿し木してやりたい」

 それとも、フーシャは本当の本当に摘んだベルローズの全てを持ち帰ることを許すのか。言外にそう含めるとフーシャは束の間、言葉を失って、そうして結局はここに来た本来の目的を優先する。

「――っ! ターシュ! 案内してやれ!」
「姉さん、いいの?」
「モヤシは正直気に食わねえ。でも、ベルローズはもっと大事だってだけだ!」

 行け。その間にオレはアニキと話をつける。
 言ってフーシャはリアムを正面から睨んだ。その横顔を垣間見て、サイラスは少しだけ考えを改める。
 フーシャにはフーシャの覚悟がある。リアムが彼女たちを一緒に連れて行きたいのなら、自ら説き伏せるしかないのだろう。富みながら貧しい彼の心がフーシャに届くことを願いながら、サイラスはターシュに案内を依頼した。
 別の陽だまりはあと三か所ほどあるらしい。その一つひとつを訪れながら、サイラスはターシュと言葉を交わした。

「ターシュ、と言ったな」
「あなただって迷惑でしょう? 僕と姉さんが一緒にいたんじゃ宿もろくに取れなくなります」

 どれだけ取り繕っても二十年に満たない時間を野盗として過ごしたターシュたちのことを嫌悪するものがいるだろう、とその言にある。人の世からはみ出している、という自覚は彼らにもあるらしい。それでも。そんなことはサイラスにとっては些事だ。
 小さな硝子玉のような魔力の気配がターシュから滲み出ている。魔術師にこそなれはしないだろうが、ちょっとした魔術を扱える錬金術師や薬師になれそうな可能性が眠っていた。
 小柄なターシュはサイラスの前に立って、的確に陽だまりを案内していく。ベルローズの挿し木の仕方の覚えも悪くない。手伝う、という概念のない魔獣たちを放っておいて、サイラスはターシュと共に何十本ものベルローズを挿し木した。
 土まみれになった手が顔に触れると筋が残る。
 よく見ると茎から漏れた樹液で指先は真っ黒に変わっていた。
 恐らく、水で流したぐらいでは落ちてくれない類の汚れだろう。それはサイラスとターシュが命をつないだという現実を証明していた。
 樹液を中和して落とせる樹液の出る植物が近くにある、とターシュが先導する。その背を追いながらサイラスは何でもないことのように問うた。

「見たところ、お前は魔力があるようだが、この二人をどう思う?」
「――美しいですね。恐ろしいほどに」

 ちら、とだけターシュが振り返る。手伝う気のない魔獣たちは寸分の汚れもなく、その美しさを山林の中で放っていた。純度の高い魔力を持つものはそれだけで十分に美しい。魔力を感じられるのなら猶更、その美しさを感じるだろう。
 ターシュは目を合わせるのも怖い、と表情で示して前を向いてしまった。