Fragment of a Star * 03:道草の番人

 シェルジャン街道を下りながら、サイラスたちの旅が続いてきた。
 そのひと月ほどの旅程を思い出す。この世界で美しさというのは魔力に準拠する部分が大きい。魔獣ともなれば圧倒的な魔力を誇るから、大抵の場合、ヒトの姿をとっても美男美女と相成るのが相場だった。例に漏れず、スティーヴ・リーンとフィリップ・リストも整った容姿の向こうに果てしないほどの深い美を湛えている。
 ヒトビトはそんな二人を見ると二通りの反応を示す。
 今、ターシュがそうしたように目を背けるものと、その美に魅入られるものの二つだ。
 サイラスは自分で言うのも変な話だが、それなりに整った容姿である自覚がある。サイラスの生まれたソールズベリの家はかつてジギズムントで子爵の位を拝領してきた伝統的な貴族だ。金品だけではなく、心まで富んだ両親に育まれて、その端正な容姿も引き継いだ。そんなサイラスを美しくないなどというものがあれば、侮蔑の眼差しで「貴公の視覚は死んでいるのだな」と切り捨ててもいいぐらい、サイラスは自らの容姿に自信がある。
 だから、美しいものを見るときのヒトビトの眼差しをサイラスは知っている。
 二頭の魔獣たちは必ずその好奇の眼差しを受け、それでも凛として動じることがない。
 そんな揺るぎないものを妬むものがいるのもまた事実だ。受け入れたくない、という判断もあるだろう。
 それでも、サイラスたちの旅路は順調に進んでいる。それもこれも、全てリアムの交渉のたまものだ。
 泊まった宿屋の女将や旦那の顔はまだ思い出せる。どの顔も、リアムのことを信頼している顔だった。

「この二人がいてもリアムの知己は皆、私たちに宿を貸してくれたよ」
「あなたが探したのではないのですか」
「私には出来んよ。ソラネンしか知らぬ頭でっかちに宿の確保など出来る筈もないだろう」
「でも――」

 あなたなら宿を貸してくれるヒトはきっといます。そう、紡ごうとした言葉の全てを遮ってスティーヴがヒトの心に隠した感情を暴き立てる。
 魔獣というのは本当にヒトの感情の機微を無視するのがよほど楽しいらしい。

「この森を出るのが怖いのでしょう?」
「スティ」

 名を呼びたしなめる。それでも、女鹿の魔獣はその美しさに相応しいだけの傲岸さで言い放つ。

「あら、本当のことではなくて? わたしたちのあるじどのと同じ、外の世界を知るのが怖いだけの若者にしか見えなくてよ」
「スティ」
「よくお聞きなさい。あの愚かものは確かに愚かだけれど、他人を不当に傷つけるような心根の持ち主ではないの。あなただってよくご存じでしょう? 彼は前しか見ることの出来ない馬鹿もので、心の底からあなたたちの手助けをしたいと願っているわ」

 そんなことも気付けないほどヒトは愚かなのかしら。
 挑発だ。わかっている。ターシュの本音を引き出したいが故の悪口だ。わかっていてもなお腹が立つ。それが魔獣だと知っているサイラスですら不愉快な気持ちになるのに、生まれて初めて魔獣と言葉を交わしたターシュがそれを看破出来る筈もない。
 自然、彼は立ち止まって、前を向いたまま荒々しく吐き捨てる。

「そんなことは僕だって知っています」

 知っているが、それを受け入れることは出来ない。
 そんなことをすればリアムの重荷になるだけだ。好きだから近付きたくない。大切だから距離を置きたい。嫌いになるのも嫌われるのも嫌だから関わらない。ヒトの世でよくある葛藤をターシュもまた抱えていた。
 その背が怒りで震えている。
 スティーヴにもそれは見えているだろうに、彼女は殊更労りを含んだ声で畳みかける。

「では甘えさせておあげなさいな」

 ターシュが驚きに目を瞠って振り返る。何を言っているのだ、と顔中に書いてあった。姉によく似た赤茶色の長髪を一括りにした房が揺れる。翡翠の双眸は目の前にある希望に手を伸ばしてもいいのか、戸惑っているのを示す。
 スティーブの言葉を受け取って、何度も何度も反芻して、咀嚼出来なくて、ターシュは美しき魔獣に問い返した。

「僕が甘えるのではないのですか?」

 そうであると同時にそうではないわ。
 まるで哲学の問題を問答するように女鹿の魔獣は微笑む。
 向き合った青年の翡翠が揺れる。揺れに揺れて、それでもちゃんとスティーヴのことを見つめている。ああ、これは強さを持っているものの目だな、とサイラスも実感した。

「あなたを救ったような顔をして、道を歩かせておあげなさいとわたしは言っているの」
「僕が、兄さんを甘やかすことが出来るのですか?」
「たった一言『一緒に行く』と言うだけで彼を救えるのはあなたたちだけよ」
「でも――」
「でも、も、けど、も結構。あなたの顔には一緒に行きたい、と書いてあってよ」

 他人の迷惑を理由に逃げ回るのはおやめなさいな。あの愚かものはあなたたちを背負ったぐらいで潰れるほどひ弱ではないの。
 スティーヴが言うとそれだけで十分聞くに値する。そういう顔をしているターシュのことを見ていると、論者によって弁論の強さが変わるヒトの世の中というのは中々に偏った世界だと改めて思う。まぁ、それを承知のうえでターシュを連れ出したサイラスが何を言っても言い訳にならないが、それでも、ヒトの世をずっと流れてきたスティーヴの言葉には重みがあった。