おたかん! 01:波乱の幕開け

 結論から言えば、信淵はあの後、二日間の探索を強いられ、結局は宗主の言う「素材」——信淵からすれば現在栽培されているものとどこが違うのか、一切わからなかった——がどうにか見つかった。無線機で相馬が知らせてきた地点へと向かうと、確かにそこにはゴーグル上、ネオンカラーに発光した植物が生えている。その場で「分析者」——京極が成分の組成を確認し、宗主の合意が得られた為、ようやく解放となった。宗主と京極、および生駒の三名は再度ヘリコプターをチャーターして急ぎ東京に戻ったが、信淵たちは緊急性が認められず、京都駅からの新幹線の切符だけが提供される。ただの指定席化かと思いきや、信淵の人生では全く縁のなかったグリーン車の切符で、「五摂家」——ひいては九条八家の財力と権力を目の当たりにした気分だ。
 乗り込んだ新幹線のグリーン車は信淵たちの為だけに貸切ってあるらしく、上りと下りの出入り口に一見して警備員と分かる格好の人間が立っている。本当に、世の中資金のあるところにはあるものだ、などと感動すら覚えながら座った座席を対面に回転させると一ノ谷と向き合った。
「一ノ谷さん。それで? 俺は入学早々不登校学生なんですが」
「いいじゃないか。どうせキミはボクの研究室に来るしかないんだし」
「そもそも、ですよ」
 そうだ、そもそも、だ。あまり言葉を交わせなかったが、宗主——高遠は大学院生だし、生駒もまた青桐学院の三年生だという。どうせ研究室で顔を合わせるから仔細な自己紹介はそのときにでも、などとお茶を濁されたが、法学部の筈の信淵と古物の研究をしているという一ノ谷の専攻が同じ筈がない。
「一ノ谷さんって何学部の教官なんですか」
「おや? キミのご両親は本当に慌てていたんだね」
 ボク——じゃないや、ボクたちは青桐学院大学古学部と言うんだ。言った一ノ谷は嘘を言っている雰囲気ではなく、ただ、純粋にそれは何学部なんだ、という感想しか生まれない。
「古物に関係することなら、何を研究してもいいんだけど、異能者の受け皿だから『民間人』は取らないことになっているよ」
 キミの感覚で言えば総合情報学部のようなものだよ。但し、対象は古物の研究に限定されるけど。と言われて、何となく、古物がテーマであればどんな研究をしてもいい、という意味に捉える。
「ってことは、俺が司法試験を受けたいなら、別にそれは問題ないってことですか?」
「その為のフォローもボクたちが引き受けるよ」
 八家の所属者の中には法律家もいるという。そのうちの一人を家庭教師として提供することも吝かではない、と一ノ谷は言った。法学部待遇が必要なら、卒業論文も代替試験で構わない、とまで言われて、並大抵のことではないことがじわじわと信淵にも伝わってくる。
「ってことで、ボクはもう疲れたから後は相馬クンにでも聞いてくれたまえ」
 言って一ノ谷はリクライニングシートをこれでもか、と倒したかと思うとアイマスクを取り出して睡眠の体勢を取る。彼女の隣の席に座った相馬が重苦しい溜め息を吐きながら、君の疑問に答えよう、と後を引き継ぐ。
 九条八家の家長というのは何だ——から始まる無数の質問を相馬に投げつけても彼は嫌な顔一つせずに回答をくれる。なるほど、これでは彼の経営する会計事務所は彼の手腕に頼りきりになる筈だ。そんな感想を抱いたが、相馬に告げるのは非礼にしかならない。今は一つでも多くの疑問に答えがほしくて、信淵は個人の感想をぐっと飲み込みながら相馬を質問攻めにした。
 帆足が途中で富士山でも見ながら食事にしよう、と言って車窓の向こうを示す。そこにはまだ山頂に雪を残した日本一の霊峰がそびえ立っていて、信淵はようやく遠方に出向いていたのだなと実感するに至った。
 どこからともなく現れた帆足の煎れた日本茶を飲みながら、信淵の緊張は解けていく。
 まだまだわからないことばかりの異能については、これからの生活で知ることが出来ればいいだろう。
 そんな感想に至った頃、車内アナウンスが品川駅に到着する旨を告げる。
 あと一駅。そこから先は普通に地下鉄でも乗り継いで帰宅しよう、と思っている信淵が一ノ谷と同じタクシーに放り込まれるニ十分前の出来ごとだった。
 宗主——高遠の古物修復はこの後、絵付けが行われるのだがそれはまた別の話。
 今は、異能を発現したばかりの信淵が時間差で倦怠感に襲われることを予知した八家の異能者によって自室まで安全に付き添われている。

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