Fragment of a Star * 07:自由と平等

「──セイ、その属人化した責任は何かあったときにより多くの損失を生むだけだ」

 明言こそ避けたが、彼の声音には心配の色が濃い。属人化した責任はサイラス一人の欠如で大混乱を巻き起こすだろう。知っている。知っていて、それでも自らの価値を誇るためにサイラスはその役割を受け入れた。自由でも平等でも、個人の尊厳でもない。ただ自己保身のためだけに、サイラスはソラネンの歯車になることを選んだ。そして、そうあるようにファルマード・フィレニアが導いたのだということに気付けないほどには愚昧でもない。だから、知っていたのだ。ヒトとヒトの関わり方の一つに「打算」という概念があることも、高潔を装っても結局はその枠から脱せられないことも、知っていた。

「無論、その問題は私も承知している。だから、こうして私がソラネンを離れ、朝と夕にしか連絡が取れなければ雑役の雑役を定型化するものが現れるだろう。それが、自主的な作業の能率化だ」

 そうしていつか、サイラスがソラネンの街に必要な歯車でなくなる日が来るかもしないし、来ないかもしれない。
 どれだけ能率化してもサイラスを上回るものなど現れないかもしれないし、その現実にすら妥協して、満点でない現状をよしとするかもしれない。そんなことはヒトの知ったことではないのだ。それを遥か未来から振り返る自分など決して居はしないのだから。
 だから、ヒトは知を紡ぐ。紡いだ知を受け継いでいく。朝が来て日が暮れるのを誰も知らないものなどいないように、連綿と続いていく知がヒトの明日をより良くするだろう。それがヒトの世だ。この国も、アラーリヤルもノルジも皆、それを繰り返して今日まできた。サイラスには今更、それを否定するだけの意味を見出せない。

「リアム。一を二にすることは容易い。二を三にすることはなおそうだ。順を抜かして一を十にすることや百にすることも理論上は可能だろう。それでも、ゼロを一にするのは恵まれた一部のものにしか出来ない」
「──お前は、『そっち側だ』って言いたいのかよ」

 リアムの表情が泣き出しそうに歪む。その心の内側で必死に何かを守ろうとしているリアムの優しさを暴き立てて彼を傷付けたいのではない。ただ、この先の展望を彼が決めるにはどうしても避けては通れなかった。
 
「そうだ。そんなことも知らずにお前はソラネンを訪っていたのか? 私は学術都市の誇るトライスターなのだが?」
「そっか。そういえば、お前、そういうとこあったな」

 論文書くの超得意でさ、何徹したんだよってひどい顔でさ、それでも俺が来たら煮豆茶淹れてくれるよな、お前って。
 後半は既に声音が震えている。何が彼をそこまで責め立てるのか。サイラスには全く心当たりがないと言えるほどには冷徹でもない。

「リアム。お前が煮豆茶を淹れてやりたい相手がもうすぐこの街にやってくるぞ。それまでにその見るに耐えない顔をどうにかしろ」
「えっ?」
「フーシャのことが愛しいのだろう? 願わくば恋愛の情を育みたいのではないのか?」

 いや、違うな。お前たちは既に想い合っているのだからすれ違いを是正するだけか。
 何でもないことのように言葉を滑らせると、リアム以外のものは一様に微笑む。フーシャに会ったことがないフォノボルンだけが状況に流されている。その、蒼の貴婦人へ向けてサイラスは更に言葉を紡いだ。

「天乙女よ。そういった事情がある。あなたの感動の再会までのひとときをこの馬鹿者に譲ってやってはくれんだろうか」
「まぁ! まぁ! まぁ! 『月光の君(ドゥ・モーント)』あなた様はそのヒトがどなたかをご存知でございますのね?」
「譲るのはひとときだけで構わないのだ。その後のことはこの馬鹿者と彼女とあなたが決めてくれていい」
「よろしゅうございましてよ。わたくしにとって時間だけは無限にございますもの。その感動の場面に立ち会えることを寧ろ光栄に思いますわ」

 言質は取った。サイラスにこれ以上整える余地はない。
 後は──

「フーシャたちを迎えに行ってくる。マクニール。お前も来るといい」
「なかなか面倒なことに進化させてきたな、トライスター」
「お前も楽しんでいるだろう。棒引きだ」

 言いながらサイラスはシキの傍らに置かれた紙袋から自身の分のフラップを回収した。
 サイラスがこの街で最も好きな岩塩と牛酪がまぶされただけのフラップだ。このフラップだけは立ち食いをする前提となっているから移動中に食すのに何の支障もない。
 未だ揃わない役者を迎えにいきながら昼食を終えようと決める。
 そのために必要な顔ぶれに声をかけるとフィリップが乗る船を定めた。

「トライスター。僕も同道しよう。楽しそうなことにはちゃんと混ぜてもらわないと」
「ちょっと! フィル! あなたまで何を言い出すの? わたし一人に王子様のフォローを押し付けるのはよしてほしくてよ!」

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