Fragment of a Star * 07:自由と平等

 魔力あるものたちの全力の遊戯から疎外された二人は宿屋の軒先に置かれた長椅子に腰かける。サイラスが買ってきたフラップの大きな紙袋も二人の間に置かれていた。リアムとシキは魔力を持たずに生まれてきたから、サイラスたちの言う力の色も見えないし、ときを越える深慮の言葉の数々も今一つしっくりと来るものがない。
 二人にとってこういう経験が全くの初めてではなかったものの、こうも自分たちのことを失念して高次の会話を繰り返されることもまたなかった。ソラネンでよく見る、誰とも会話が成り立たないサイラスとは違った側面を見て、二人は居心地の悪さを共有している。

「なぁ、坊ちゃん」
「何だ、傭兵」

 お互いに慰めの言葉でも交換しようか、とまで思って自らの心の傷口に自ら塩を塗り込む行為だと気付く。気付いたから、リアムは二人の間に置かれた紙袋を何とはなしに開いて覗き込んだ。
 この三日ほどの滞在ですっかり見慣れてしまった赤と白の縦縞の紙袋を引っ張り出す。

「坊ちゃんてさ、夏野菜ソースのフラップで良かっただろ?」
「……あぁ、そうだな。そういう貴様は——ふん、いつものミートソースがあるな」

 縦縞の袋をシキに渡すのと前後して、あっさりとした古紙の紙袋がシキの手から渡された。
 二人ともお互いの好みを覚えているぐらいには人間関係も悪くない。
 少しずつ冷めつつあるフラップを取り出して、購入者のサイラスに礼の一つも言わないで、結局は勝手に二人で昼食を開始した。そのことにもあの美の暴力ともいえる集団は気付いていない。

「何かさぁ、魔力があるって色々面倒だな」
「貴様はそのことに対して一番後ろめたく感じていたのではなかったのか」
「いや。あそこ見てると魔力なくて良かったって今、生まれて初めて思ったよ、俺」

 普通に生きてるってそれだけで幸せだったんだなぁ。
 ぼんやりと呟いたリアムの隣でシキが不本意ながら同意すると返してくる。

「セイの景色って多分、賑やかなんだろうな」
「そうだろうな」
「その中でさぁ、俺たちの居場所があるってすごいことだと思わない?」

 彩のないただのヒトである自分たちが一個の存在として認識されている。神の眷属でも、魔獣でもない。美しさは格段に劣るだろうにそんな素振りを見せることもない。サイラスという学者がどれだけ彼らを公平に取り扱ってくれているのか、その一端を垣間見てリアムは改めてサイラスの度量に驚いた。
 そのことをシキに告げると彼は何の感慨もない顔で言う。

「傭兵。貴様は年にふた月しかソラネンに滞在しないから知らんのだろう」

 あれは、学術の徒であるという顔をしながら、ソラネンの年中行事の全ての雑用を差配している。ファルマード司祭がそのようにお育てになったから、当然と言えば当然なのだがな。魔力の有無など関係なしにあれはヒトを信頼しているのだろうよ。
 さらりと返された内容の大きさにリアムの双眸は大きく見開かれる。年中行事を差配している? いやそうではない。年中行事の「雑用」を差配している、と言うのはどういう意味だ。

「えっと、坊ちゃん? 念の為聞くけど、じゃあ今年のその役割は誰がしてるんだ?」
「決まっているではないか。無論、トライスターが行っている」
「どうやって?」
「貴様は本当に物覚えの悪い頭だな。寄宿舎の女将とあれの結びつきが消えたわけではあるまい。指示を出すだけならどこにいても問題などないのだろうよ」

 だから、サイラスはこの旅の道中もずっと朝と夕にテレジアと連絡を取り、ソラネンの都市運営に差し障りがないようにしている筈だ、とシキはこともなげに断言する。ただ。

「ちょっと待ってくれ。じゃあ、俺がセイを外に連れ出してるのって──」
「そうだな。一言で言えば仕事を倍に増やしただけだ」
「──! そんな大事なこと、なんで今まで教えてくれなかったんだよ、坊ちゃん」
「本人が納得してフィールドワークを行いたいと言っているのに止める理由などどこにある。それに」
「それに?」
「カーバッハ師も言っていただろう。ソラネンの各ギルドの代表者がトライスターの出立を許容した。一部のミスもなく完璧な差配とまでは行かずとも、残りの部分は彼らがフォローする、という意味だ」

 だから貴様が責任を感じる必要はない。シキはそう言うがリアムの思考は停止していた。
 手の中のミートソースのフラップをもう一口頬張る。味がしない。
 そこにようやく感動の再会を味わい終えたサイラスたちが戻ってくる。リアムはサイラスの顔をまともに見ることが出来なかった。

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