「如風伝」第二部 十二話

 紅の一つは直刀だった。戴家が伝統的に長槍を得意とすることを嘲笑うかのように、幾振りもある長槍は皆、碧の光を灯している。得物で紅はたった一つ。今、腰に佩いているのより少しだけ長い、直刀が紅の光で輝いていた。
 紅の灯かりはもう一つある。
 細長い盾。文輝の全身を庇うような大掛かりな盾がその意思を表明する。

「翁。この二つをお借りしてもよいのですか」
「いや。ことが終われば岐崔まで持ち帰られるがよい。二つとも、本当に貴殿に使われることを望んでおる」
「――よいのですか」
「貴殿の眼に見えているものを否定しても何にもなるまい。使ってやってくだされ」

 名が視えておられるのでしょう。
 その問いに文輝は首肯する。紅の光を纏った二つの神器の上に二文字ずつ何かが浮かんでいる意味を誰かに問わなくてももうわかっていた。神器の名だ。神格を有したものに名があって何が不思議だろうか。
 その名が視える。後は音にするだけだ。そっと唇から息が漏れ出る。
 刹那、文輝の両耳は歓喜の声で満ちる。倉庫の他の神器たちからの祝福だ。自分を使うべき相手と巡り会えた僥倖を祝う声だ。紅の光がぼう、と浮かび上がって気が付いたら直刀と盾は文輝の両手に収まっていた。まるで最初からそこにあったかのような顔をして文輝の手に馴染んでいる。
 それを確かめて、文輝は後背を振り返った。

「翁。全てが終われば改めて御礼に伺います」

 今は失礼する。その旨を伝えて足早に文輝は工房を飛び出した。
 そうして駆けて、駆けて東山に続く山門へと辿り着く。相変わらず、土くれからすえた臭いがしていた。
 衛士のいない山門をくぐる。石華矢薙に気取られないように慎重に慎重を重ねて山林の中を進んだ。林道から外れた斜面を歩くのはそこそこ骨が折れる。それでも、文輝は兵部(ひょうぶ)歩兵隊の右官だ。この程度のことで音を上げることもない。石華矢薙が蔓延っていない地面を渡り歩いて、四阿だった場所が見える位置まで来た。藍色の瓦の欠片が埋まっている景色を見上げると、その向こうに傾いた廟があることに気付く。あれが――白帝廟だ。白喜と白才の祀られている廟――だったものだ。
 廟だったものは著しく傾き、柱は幾本も折れている。陶器漆器の残骸と思われるものが散見された正面が見える位置まで移動すると中には神像が一体も置かれていないのに気付く。空の廟だ。祀られるべき神の失したこの地を守護するものはいない。白帝はおろか二十四白すら帰る寄る辺もないのだ。
 いつからこうなのだろう。石華矢薙の出現で白帝廟が崩れたのか、神威を失った廟だから石華矢薙に呑み込まれたのか。その結論を知っているだろう「信天翁」は何も語らない。それを確かめるのが文輝の役割だと彼女は言った。
 敬われない天仙と「信天翁」は言った。必要ならもっと敬え、と彼女は言った。
 朽ち果て、荒れ放題のこの光景を沢陽口の住人が黙認したのなら――それほど神仙の権威が失われていたのなら、文輝たちがどれだけ手を尽くしても天仙は戻らないだろう。敬わない人間をそれでもなお愛するほど神もまた慈愛に満ちているわけではない。どれだけ醜悪でも必ず愛されると思っているのなら、それは人間の思い違いだ。神は――仙道は人間の為に在るのではない。必要な対価を支払わないのなら、愛が失われるのもまた必定であることを人は永く忘れている。そのことを突き付けられたような気がした。
 山林の中から暫し廟だったものを見上げていたが、文輝は感傷の沼から無理やりに足を引き上げる。
 反省と後悔は今でなくとも出来る。今は――白喜を探さなければならない。
 容貌も何も知らない。どんな姿で、どんな経緯で雪栗鼠の化身となったのかもわからない。
 それでも、多分。今の文輝の「眼」なら見つけられるだろう。そう信じて、文輝は「多雨が続く区画」へ向けて少しずつ移動を始めた。
 帰る場所を失った天仙がそうする、という保証はどこにもない。
 ただ、務めるべき義務を果たさずに雲隠れしているのなら「信天翁」や老いた刀匠は白喜を庇うような言葉を口にしなかっただろう、と推測出来た。白喜はこの城郭のどこかにいる。そうして、自らの帰る場所だった廟のことを完全に忘れ去ることも出来ずにどこかで城郭を見ている。
 そんな予感があった。
 先の動乱のことを度々文輝は思い出す。帰るべき場所に帰ることが出来なくなった悲しみ。自分だけが遠く隔絶される苦しみ。それでもときがくればいずれは――という切なる願い。
 誰もが等しく平和で、誰もが等しく苦しんでいるのが文輝の生きている世界の真理だ。
 たった一瞬の幸福とすら出会わない生はない。ほんの一瞬の苦しみを味わわない生もない。
 だから、皆、今を――そしてその向こうの明日を生きている。
 それでも、別離は人の心に傷を付けるし、傷は自らを臆病にする。怖じることのない生きものはいない。怖じてなお前に進んだものだけが残るときもあるし、怖じたことによる停滞が人を救うこともある。全ては巡り合わせで、最初から決まっているのかもしれない。
 それでも。
 文輝は生きているのだ。だから、祈りが足りないのなら文輝が祈ろう。文輝だけでは足りないのなら子公も巻き込もう。二人では足りないのなら薫姑娘(くん・くーにゃん)も巻き込んでもいい。
 それでもまだ足りないのなら、国主となった伶世(れいせい)に嘆願書を書こう。
 数多の祈りが白喜に届くまで、祈り続けよう。
 それが神に――天仙に愛されたことへの報恩なのだから。
 獣道は足場が悪い。何度も体勢を崩して、盾など持って来なければよかったと後悔すら抱いて、文輝は山林の中を必死に歩いた。歩いて、歩いて、歩いているうちにようやく「それ」を見つけたときには心の底から歓喜した。獣のものではない足跡。文輝のものよりずっと小さいが間違いがない。人の足の形をした土の窪みを見つけたとき、文輝はやっと希望を得た。この山林は子どもが遊びまわるには峻嶮だ。となると足跡のあるじの正体は限られている。
 白喜――だと判じられる根拠をやっと見つけた。