「如風伝」第二部 十三話

 白氏――と呼ばれる民族には外見的特徴が幾つかあった。とはいっても白帝の統治以来、西方大陸は統一国家によって治められているから東部と西部、或いは北部や南部では姿形が違う。文輝の生まれた戴家は西部地域の名残が強く、色素の薄い形をしているが、旧友は東部地域の標準的な姿だった。
 旧友もまた持っていた緑の黒髪を見ていると、何とはなしに至蘭も東部の生まれだと察する。
 翡翠の双眸が天仙の証でないのなら、間違いなく彼女が海藍州(はいらんしゅう)の生まれで、おそらくは茶木を管理する――今の時代で言う神民(しんみん)だったのだろうと理解する。それと同時に何の告解も受けていないが、至蘭が生産管理され、棄てられた神民の子なのだろうというところまで理解して、文輝は心臓が潰れそうなほどの苦しみを感じた。
 わたしとはちがう。そう言った至蘭に同情をするのは簡単で、そうした瞬間に至蘭は二度と文輝に心を開かない。わかっていたから、安易な慰めの言葉をかけるのを思い留まった。
 信頼がほしいのなら、まずは相手を信頼しなければ始まらない。
 至蘭に文輝のことを信じてほしい、と願ったから文輝は至蘭のことを信じようと決めた。
 だから。
 
「そうだな。うーん、じゃあ何か別の方法でも考えるか。なぁ至蘭」
「なぁに、首夏」
「何か決める前にさ、この名前を俺にくれたやつの話でもするか」
「――聞いても、いいの?」

 殊更明るく言った提案に、至蘭の洛涙が止まってきらきらと輝く翡翠が文輝を見上げている。
 聞かれたくないことは自分から提案したりしない。
 思い出すとつらいが、忘れてなかったことにしたいのでもない。
 弱かった自分を直視するのは羞恥と屈辱に塗れているが、それを忌避したのでは明日が輝く道理がない。

「大切な話だから、一回しかしねえぞ。ちゃんと聞いておけよ?」
「――うん!」

 そうして、文輝は拙い言葉で己の身の上語りを始めた。
 文輝よりふた月早く生まれただけで人生の先輩風を吹かせて、色んなことを教えてくれた大切な朋輩がいたことを語るのはひとりぼっちだった至蘭にとっては残酷なことではないか。そんな心配をしてみたものの、至蘭は文輝の語る旧友の話に夢中になっている。
 杞憂か。そんなことを束の間思って、文輝は「首夏」だった頃を懐かしみながら言葉を続けた。
 名の由来を明かすということは今以上に名の持つ支配力を増強させるということだ。
 わかっている。わかっているが、自分のことを信じろというのに沈黙を貫いても何の効果もない。最悪の場合、完全に至蘭の支配下に置かれ、二度と現実世界に戻れなくなることも考えられた。
 それでも。

「至蘭。俺はあいつが守ってくれた国を守りてえんだ」
「変なの。その暮春は国をすてたのにどうしてあなただけが国を守るの?」
「いつか――もしかしたら未来のどこかで、やっぱり帰りてえなって思ったときに国がねえんじゃ話になんねえだろ」

 それに、とも思う。

「至蘭。俺はこの国と一緒に戦いてえんだ」
「何のために?」
「俺の為に、決まってるだろ」
「――誰も、あなたのことを認めなくても?」
「感謝されてえからやってるわけじゃないからな。史書に名前を残してえだとか、王になりてえだとか思ったこともねえよ」

 この国に生まれ、九品として育ち、当たり前を享受してきた。その当たり前を守る為に先人たちが苦労していないだなんて思わないでいいだけの教育を施してもらったと思っている。
 施されたことの恩義は当人に返すのではない。別のもっと困っている誰かを見つけたときにその人の為に尽力する。そして、今、それを成せる機会が目の前にある。

「至蘭。この国は全部が整ってるわけじゃねえよ。完璧なんて程遠い」
「それでも、あなたはこの国がいいの?」
「そうだ。こんなことは言わなくてもお前もわかってるだろうけどさ、生まれる場所を選べるやつなんていねえんだ」

 文輝は望んで九品の子息に生まれたわけではない。至蘭もまた望んで棄てられる神民に生まれたわけではない。それでも生まれたその瞬間から与えられるものは違っていて、決して平等などという幻想的な言葉では表せない現実が待っている。
 好き好んで罪人の家系に生まれたいと思うものがいないように――華軍がその運命を呪ったように、国があるということが、律令があるということが人を不幸にすることもある。
 それでも基準は示されなければならない。境界に線を引かなければならない。
 そうでなくては大半の善良で愚かなだけの民は路頭に迷う。明日の絵図を描けるものは限られている。志などという大層なものを抱いているものの方がその他大勢よりずっと少ない。
 だから。

「力を持って生まれたなら、責任を果たさなきゃならねえんだ」
「――それはあなたの傲慢だよ、首夏」
「知ってる。知ってるから、最後まで貫きてえんだ」
「わたしの気持ちが同じ方を向いていなくても?」

 その問いには首肯することで応じる。

「一回や二回や三回や四回、失敗したぐらいで諦められるってんならそれはその程度だったってことだ」

 どうしても見たい景色があるのなら、何回でも何十回でも挑めばいい。
 心が折れて諦められるならそれでいい。挫折と敗北を何度も何度でも味わっても、文輝の榛の奥に思い描く景色は決して消えない。消えないのだから、挑み続けるしかないのだ。そのことを文輝は自らの意思で選び取った。