Fragment of a Star * 06:買い出し

 古来、ヒトの魂は巡るという。
 連綿と続いてきた文献の中にも生死観の記述はあった。ヒトとして生まれ落ち、死を迎えてなお新たなるヒトとして巡り続ける。
 サイラス・ソールズベリ=セイは永らくそれをただの願望だと思ってきた。ただ、もし。因果を積み重ねるその輪廻が本当にあるのなら。サイラスが失った両親と再び相まみえる瞬間が果てしない未来のどこかで待っているのだろうか。
 そんなことを束の間考える。
 馬車街の屋台を五つはしごして人数分のフラップを買った。フラップは通常、一人前ずつ紙袋に入って渡される。あまりにも大量の紙袋に難儀しているサイラスを気の毒に思ったのか、最後のフラップ屋の売り子が今までの紙袋が全部入ってしまいそうな大きさの紙袋をくれた。側面に大きくフラップ屋の屋号が書いてあるから、街中を歩けば無条件で店の宣伝になる。こんなにたくさん食べられるほど味のいいフラップ屋だ、と示しているのと大差なく、情けは人の為にあるのではないことをサイラスは己が身を以って知った。
 宿屋までの道のりを広告塔として歩きながら、サイラスはフォノボルン・シーヴェイツの言っていた愛しい巡りビトのことを考える。彼女の口ぶりでは想いビトは魂の本質を保ちながら何度も何度も生死を繰り返しているようだった。ラルランディア・ル・ラーガ。神代に生きたヒトがその本質を保ったまま何千年も後の今日のこの日に生きているのだとしたら、それはヒトにとっての希望なのだろうか。希死念慮を抱くものにとってはただの絶望ということになる。神話の結びにある「幸福なる世界」というのがいつ顕現するのかサイラスは知らない。約束された平和に至るまで生が続くのは何の試練だろう。それは神の傲慢ではないのか。なぜヒトは試されなければならないのか。十年の研鑽で心の奥底に蓋をしていた否定的な感情が蘇る。
 神を呪いたいのではない。
 否定して新たなる神となりたいわけでもない。
 ただ。運命があらかじめ定まっているのなら、どうして感情などという不完全なものを与えたのか。サイラスはその答えをずっと知りたかった。
 フラップ屋の紙袋を右手から左手に抱え直す。宿屋に戻ればフォノボルンと共にラルランディアの生まれ変わりを探しに行く筈だ。それまでに感情を割り切っておかなければ、サイラスがヒトとしてあるまじき悪態を演じてしまうのは自明で歩みが少しずつ遅くなる。
 学者というのは知的好奇心を無限に抱き続けることが必要十分条件だ。
 知りたいと思う。世の摂理だというのなら、真実を知っておきたいと思う。それと同時にこの道行が千年先まで苦難に満ちていると知って、それでもなおサイラスは前を向いていられるだろうかとも思う。
 眉間に皺を寄せ、目的地である宿屋を睨んでいると心の底を見透かすような声が聞こえた。

「あるじどの。悩みは一人で抱えるものではなくてよ」
「そうだな。だが、練られていない感情を吐露するのは効率が悪いだろう」
「あら? そうかしら? ヒトは対話によって答えを見出す生きものではなくて?」

 それはそうだ。自らだけで答えに到達出来るのなら、学びはそもそも必要ではない。
 自らと他のものをすり合わせ、新しい答えを生み出していくのがヒトという生きものだ。わかっている。
 わかっているが、相談をするにしても、もう少し感情を整理してからでなければ何を知りたいのか、も、どんな答えなら受け入れられるのかもサイラスにはまだわからない。
 だから、もう少し待ってほしい、と言いそうになってサイラスは気付く。
 フォノボルンとフィリップ・リストは宿屋で待っている筈だ。それ以外のものは別行動でまだ約束の刻限にはなっていない。サイラスは一人でフラップを買いに行ったのになぜ会話が成り立っているのか。
 そのことに気付いて声のする方を振り返ると涼しい顔をした女鹿の魔獣がヒトの姿で斜め後ろを歩いている。
 立ち止まって振り返り怪訝そうな顔をしたサイラスに、スティーヴ・リーンもまた足を止めて、柔らかに微笑んだ。

「どうかしたのかしら、あるじどの」
「——スティ。いつからそこにいた」
「あるじどの。これは失態でも何でもなくてよ。魔獣がヒトに気取られぬように近付くことなんて初歩の初歩だとあなただって知っているでしょう?」

 それはそうなのだが、サイラスはその答えを嚥下することが出来ない。
 それほどまでに超常の存在がサイラスの心中を騒がせていた、という事実を直視出来ないぐらいにはサイラスもまだ青かった。旅の仲間が近付いていることに気付けなかった、という失態に心の中で舌打ちをしながら、サイラスは喉の奥から出かかった言葉を飲み込んで、別の言葉を吐き出す。
 がさり。左手の紙袋が揺れた。

「スティ。お前は——香草焼きのフラップでよかっただろう?」
「不本意な質問だけれど、それもまたよくてよ。ええ。そうね。香草焼きのフラップが一番のお気に入りよ」

 大ぶりの紙袋を開き、若草色の紙袋を取り出す。香草を生地に練り込んで焼いたフラップは独特の香りと青味を感じさせる。他のものはその個性的な味付けがどうにも苦手らしく、二回と香草焼きを買おうとはしなかった。

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