Fragment of a Star * 07:自由と平等

 流れるような蒼の黒髪を靡かせて天乙女が飛び出してくる。
 貴婦人、とシキ・Nマクニールが称した通りたおやかな雰囲気を纏っていたフォノボルン・シーヴェイツがその姿を一変させてスティーヴ・リーンを抱きしめるその様を一同は見守る他なかった。

「藤の君! 相変わらずお可愛らしくいらっしゃるのですね! もう! もう! 本当にずっとお会いしたかったのでございますよ!」

 ラルランディア・ル・ラーガに会いに行きたい、と言ったときとはまた違った情熱を全開にしてフォノボルンはスティーヴとの再会に歓喜している。柔らかい雰囲気のフォノボルンと凛としたスティーヴとの組み合わせは華々しく、男たちが割って入る余地などどこにもない。
 サイラス・ソールズベリ=セイは女性同士のコミュニケーションに明るくなく、静観という姿勢を貫くことを選ぶしかなかった。過剰なまでの抱擁にスティーヴは抵抗しているが、どこまで拒絶していいものか、彼女自身はかりかねているのには薄々気付いている。それでも、サイラスは自らが使役した魔獣が心の底から辟易していないのだから、まぁ好きにさせよう、ぐらいの気持ちだ。
 
「フィーナ、ちょっと! ちょっと落ち着きなさい! わたしはどこにも逃げはしなくてよ」
「そう仰ってもう百年でございます! わたくしがどれだけ藤の君にお会いしたかったか、あなた様にはきっとおわかりにはなりませんわ!」
「顔を合わす度にあなたが『こう』でなければわたしも避けたりはしない、と何度言えば理解出来て?」
「可愛らしいものを可愛らしいと申し上げて何の問題がございますの? 藤の君こそ、わたくしの知る最もお可愛らしいビンカでいらっしゃいますわ!」

 言いながらフォノボルンがスティーヴを抱きしめる強度が増す。溜め息を吐きながらスティーヴが後背の二人に視線を送った。

「フィル、セイ。どちらでもいいから、この暴走したお嬢様を止めてくれなくて?」

 フォノボルンのことを排斥したいのではない。不愉快を感じているわけでもない。
 それでも、この状況は望んだものではない、とスティーヴが言葉の外で雄弁に物語る。
 それを受けて、爽やかな聖職者の顔をしたフィリップ・リストが一歩、前に進んで言った。

「フィーナ。僕にもその熱い抱擁をしてくれてもいいのだけど?」
「樫の君のお気持ちはありがたいのですけれど、わたくしはラルランディア様以外の男性と触れ合わないと決めておりますの。ご厚意だけ受け取らせていただきたく思いますわ」
「だ、そうだよ。スティ。百年分の抱擁を許容してあげるといい」

 避け続けた君が悪いのだからね。愛を知らない僕はここで退場することにしよう。
 愛を知らない、と嘯いた鷹の魔獣は本当に愛を知らないのだろうか。疑問を抱えながらサイラスは頭を捻る。次に飛んでくる言葉が何かぐらい、わからない道理がなかった。

「なら、セイ。わたしを助けてくれなくて?」
「まったく。私にはその手の才能がないと知っていてよくもまぁ声をかけるものだ」

 嘆息して、それでも信頼に袖を振りたくなくてサイラスは自分に出来る現状打破を考えた。
 そして。

「蒼の貴婦人。『それ』が私以外のものに抱きしめられているのを見るのは少々複雑な思いがするのでな。離してやってはいただけないだろうか」

 恭しくサイラスがそう申し出るとフォノボルンの両腕は惜別のひとつも見せないでスティーヴの体躯から別離する。その表情には先ほどまでとは異なる種類の歓喜が満ちていた。
 サイラスの後ろでリアムとシキが絶句している。唐突に身体を解放され、本来の目的は達した筈のスティーヴが困惑を顔に浮かべてこちらを見ていた。

「まぁ! まぁ! そういうことでございましたの!」
「えっ、ちょっと、セイ、何を言うの?」
「わたくしとしたことが察しが悪く、ご気分を害されましたらお許しになってくださいましね」

 藤の君も貴きお方の前で失礼をいたしましたわ。
 その後も、フォノボルンは次から次へとサイラスとスティーヴに大して賛辞を述べ続けている。
 賛辞が一つひとつ重なる度にスティーヴの頬が紅潮していく。それほどまでにフォノボルンの祝福は熱烈だった。

「セイ! フィーナが何か勘違いをしているわ、訂正して!」
「必要なのか?」
「必要に決まっていてよ! わたしはあなたのことを——」
「その先を聞くのは心痛しか生まん。いいではないか。それとも、私が相手では不足だったか?」
「——! 知らなくてよ! この先、あなたが後悔してもわたしはもう、知らなくてよ!」

 ヒトは一生の間に色々な感情を抱く。後悔の念もその一つで、ヒトだけがそれに苛まれる。
 ただ。それは逆説的に言えば、ヒトであるからこそ後悔をするのであって、魔獣がそれを経験することはない。だのにスティーヴは知っている。ヒトの後悔を知っていてなお配慮をするだけの知性もある。彼女がかつて仕えたあるじたちがスティーヴにそれを教えたのだということは想像に難くなかった。